M&Aの事前準備。売り手が押さえておくべきポイント
⽬次
- 1. M&Aの事前準備①資料収集
- 1-1. どういう資料が必要になるのか?
- 2. M&Aの事前準備②M&A実行時のリスクの把握
- 2-1. 財務に関するリスク
- 2-2. 法務に関するリスク
- 2-3. 人材・労務に関するリスク
- 2-4. その他のリスク
- 3. M&Aの事前準備③株式の集約
- 3-1. 株主分散がなぜスムーズなM&Aを妨げるのか?
- 3-2. 株式を集約する方法とは?
- 4. 終わりに
- 4-1. 著者
自社の売却を考える譲渡オーナーの多くにとってM&Aは未知の体験であり、不安はつきません。
本記事では、相手探しを始める前に何を準備しておけばいいのか?どのような状態にしておけばいいのか?売り手が押さえておきたいM&Aの事前準備として資料収集・株式の集約についてご紹介します。
M&Aの事前準備①資料収集
M&Aの交渉を進める前に、まず自社の企業価値評価額(株式)を算出しておく必要があります。M&Aの最終的な取引価格のベースともなるため、事前に把握しておくことが重要です。
また、相手探しを進めるにあたっては、まず匿名の範囲で情報がまとめられた「ノンネームシート」を候補企業に提示し、関心を持たれた場合には、より企業の詳細情報を記載した「企業概要書」を提示するという流れになります。
譲受けを検討している企業は、対象企業が特定されない範囲で情報がまとめられた「ノンネームシート」を確認します。
M&Aの相手としてふさわしいか検討する資料として企業概要書は重要な役割を果たします。
企業価値評価を行うためには、各種決算書類が必要になります。
また、様々な角度から第三者目線で企業実態を明らかにする企業概要書を作成するにあたっては、決算書のほか様々な資料を参考にする必要が必要になります。
どういう資料が必要になるのか?
前述の通り、企業価値評価や企業概要書の作成において、多くの資料を収集する必要があります。以下は必要な資料の一例です。
カテゴリ | 必要資料 |
---|---|
会社概要 | 会社案内、製品・サービスのカタログ など |
決算資料 | 決算書、固定資産台帳、会計ソフトデータ など |
時価関係資料 | 保険、株式、ゴルフ会員権保有に関する資料 など |
事業内訳 | 3期分の売上内訳、仕入内訳、外注内訳 |
拠点・不動産 | 不動産登記簿謄本および公図、固定資産税課税明細書、不動産賃貸契約書 |
組織・人事規程 | 組織図、各種社内規程 など |
従業員データ | 従業員名簿、給与台帳、賞与台帳 |
契約関係 | 銀行借入金資料、リース契約書、取引先との取引基本契約書 など |
M&Aを行った譲渡オーナーの中には「日々事業活動をしながら、一人で資料収集を進めるのが大変だった」という感想を持つ人は少なくありません。
そのため、日ごろから少しずつ上記資料を整備していくことが大切です。
M&Aの事前準備②M&A実行時のリスクの把握
特に中小企業を経営する上では、様々な課題・リスクがつきものですが、M&Aの具体的な交渉が進んでからそれらリスクが発覚すると、デューデリジェンスや株価交渉に影響を与えかねません。
M&Aではどういったものがリスクに該当するのか、譲渡オーナー自身が事前に把握しておくことで、対策が可能になります。具体的なリスクを見ていきましょう。
財務に関するリスク
具体的には、偶発債務、簿外債務などを指します。
偶発債務とは、現時点では未発生だが、将来にわたりある条件を満たした時に発生する債務の総称です。
例えば係争中の案件を抱えており、将来に損害賠償金を支払う可能性が高いなどといったケース等があります。
簿外債務とは、帳簿すなわち貸借対照表に記載されていない債務を指します。
代表的なものでは未払いの残業代や買掛金等があげられます。簿外債務があることにより、貸借対照表が実態よりも良く見え、企業価値に影響を与える、といったことが考えられます。
法務に関するリスク
対象企業の契約や法令順守に関するリスクです。
具体的な例としては、
・売り手企業の保有する許認可が、買収後の事業継続に必要になるにも関わらず承継できない、
・M&A実行により、重要な取引先との契約が解除される(チャンジオブコントロール条項)
・売り手企業の名称や事業内容が他社の知的財産権を侵害している
等の状況が挙げられます。
法務リスクによっては、買収価格を減額する要因になります。また、重大なリスクが潜んでいた場合、M&Aの実行自体が困難になる場合もあります。法務デューデリジェンスにおいてはもちろん、M&A前に可能な限り法務リスクを把握する必要があります。
人材・労務に関するリスク
人材・労務に関するリスクとは、役員、従業員など「人」に関するリスクを指します。
M&A実行は役員や従業員に大きな影響を与えます。ある企業では役員がキーマンであるにも関わらず、M&Aの内容に納得がいかず、その後経営にコミットしてもらえず、業績が悪化してしまったという事例がありました。
また、従業員から理解を得られず、M&A後に大量の離職につながってしまったというケースもあります。
買い手企業側も、買収後の円滑な事業運営のために、人材流出リスクは避けたいと考えます。
そのため、M&A成約前の情報管理は徹底し、成約後の関係者への情報開示は、慎重に丁寧に進めることを心がけましょう。
労務面では、特に社会保険の加入・支払い状況に注意をしておきましょう。残業代の未払いも同様に株価交渉時の減額要因になるリスクです。
その他のリスク
上述した分類以外に発生する経営上のリスクもあります。
例えば「事業計画の不確実性」の問題があります。現在ニッチ市場で好調な事業でも、今後大手企業が同じ市場に進出してくるかもしれません。
その競争に敗れれば最悪の場合、将来的な収益悪化が見込まれます。結果として事業継続に支障をきたす可能性が高くなります。
また、企業が何らかの課題を抱えていて、M&Aに影響を及ぼす場合もあります。
具体的な例として、ある製造業の企業が、自社の工場が違法建築であるという指摘を受けました。今まで問題なく事業を行ってきたものの、M&Aで譲渡を検討することになった際、相手の候補企業から「建築の違法性が解消されない限り交渉を進められない」と指摘を受けてしまいました。違法性の解消には工場の建替えが必要ですので、長い時間と大きなコストがかかるため、M&Aは頓挫してしまいました。
このように企業経営には様々なリスクがつきものです。また、自身で事前に把握できるものばかりではなく、専門家の調査によって明らかになる場合もあります。
M&Aの交渉を進める中で、リスクの可能性がありそうな領域に関して相手の会社にあらかじめ共有し、デューデリジェンスの実行への協力を行うこと。そして問題が明らかになった時点で対応を考えることが大切です。
M&Aの事前準備③株式の集約
株主が複数存在する場合、M&A実行時の障壁になることも少なくありません。
企業の譲渡は、会社の経営権を第三者に譲り渡すことであり、株式会社の場合、経営権の所有者は株式を所有する株主です。株主は一人の場合もあれば、複数のこともあります。
創業時に複数人が出資した場合、業歴が長く親族内で相続を繰り返す中で複数の株主に分かれてしまう場合などに、株主分散が起きます。これは発行済株式について、1人の株主に集約されていない、複数の株主が株式を所有している様をあらわします。
株主分散がなぜスムーズなM&Aを妨げるのか?
一般的に、発行済株式総数の2/3超の株式を有していれば、その株主は支配株主であると言われます。定款の変更といった特別決議を単独で決めることができるためです。
しかし、例え1%分の株式しか持たない株主であっても、株主は株主です。株主名簿上で管理し、株主総会の招集通知を出す等、株主への対応が必要になります。
未上場企業の場合、こうした業務は社内で行うケースも多く、株主が増える程、管理の費用や労力が増大します。他にも、株主総会の議案提案権や帳簿閲覧権、取締役解任の訴求等、株主に認められている権利は多くあります。
比率 | 認められている権利 |
---|---|
持株比率 2/3以上 | 定款変更や取締役の解任、会社の合併や解散など、経営に重要な特別決議を単独で決めることができる。 |
持株比率 1/2超 | 経営権の取得、剰余金の配当、取締役・監査役の選任・解任など普通決議を単独で決めることができる。 |
持株比率 1/3以上 | 特別決議を単独で阻止することが可能。 |
持株比率 3%以上 | 株主総会の招集を要求したり、会社の帳簿を閲覧することを請求することができる。 |
持株比率 1%以上 | 株主総会における議案提出権を行使できる。 |
もし少数株主が経営方針に反対し、経営者に対し様々な要求を行った場合、経営者はそれに対応しなければなりません。結果として円滑な企業運営が阻害される要因になります。
未上場企業の場合、株式が分散するメリットはほぼありません。特に事業承継の観点で考えた時は、株主を集めておくことで不要なトラブルを未然に防ぎ、その後の企業運営を円滑に進めることが可能になります。
株式を集約する方法とは?
分散している株式は、「集約」することができます。特に、事業承継の場合には、親族内外に分散している株式を社長や後継者が買い集め、集約することがあります。
ここでネックになるのは、「株価」と「資金負担」です。
株式譲渡では、売り手と買い手の双方が合意した金額で売買を行います。双方にとって妥当な、合意できる金額とはいくらでしょうか。
上場会社株式であれば簡単です。市場での取引価格と所有する株数から金額を求めることが可能です。
これに対し、非上場会社の株式は取引価格がないため、時価の算定が必要になります。それには複雑な計算が必要です。
また、集約の方法は株主が協力的な場合、そうでない場合でも対応は異なります。株式の集約は、株価算定から株主との交渉、登記手続きにいたるまで税務・法務の高度な知識が必要になります。
専門家ではない当人が独断で進めると、交渉が決裂したり、思わぬ税金を課されることもあるため、M&A仲介会社など専門家を通じて自社の評価額をあらかじめ把握しておくことが大切です。
終わりに
以上、スムーズなM&Aための事前準備のポイントをご紹介しました。全てを完璧に整えてからM&Aを開始しようとすると、年単位で時間を要し、場合によってはタイミングを逸してしまいかねません。
すべての準備が完全に揃わなくても、早い段階から専門家に相談を行い、M&Aを進めながら解決することも可能です。不安や懸念材料を明らかにすることで、M&Aにかかる時間を短くし、スムーズな成約を目指しましょう。