[M&A事例]Vol.140 医薬品×食品、異色のM&A。120年以上の歴史にカイゼンの風を吹き込む
ジェネリック医薬品の卸売業を営む八戸東和薬品は、異業種のきちみ製麺を譲受けました。約2年経った現在話を伺いました。
譲渡企業情報
※M&A実行当時の情報
宮城県白石市を中心に愛される郷土麺「白石温麺(しろいしうーめん)」。きちみ製麺は同市で120年以上にわたり温麺に特化して製造を続けてきたメーカーです。後継者不在で、事業承継の手法としてM&Aを選択した吉見 光宣社長(現会長)。2022年2月、譲渡先に選んだのはジェネリック医薬品の卸売業を営む八戸東和薬品(青森県八戸市)でした。成約から約2年、異業種の企業に経営を託した吉見会長にM&A 検討から現在までを伺いました。(取材日:2024年4月26日)
――白石温麺(しろいしうーめん)のリーディングカンパニーとして120年以上の歴史を誇るきちみ製麺のこれまでと、貴社ならではの強みについて教えてください。
譲渡企業 きちみ製麺 吉見様: 当社は、宮城県白石市に古くから伝わる郷土麺、白石温麺を製造するメーカーです。創業は1897(明治30)年、私の曽祖父の時代からはじまり、祖父の時代に機械化、父の時代になって法人化し、さらに、数ある白石温麺ブランドの中で「つりがね印」という高級ブランド化に成功して現在に至ります。白石温麺を手掛けるメーカーのほとんどは、そうめん、ひやむぎ、うどんなど他の種類の麺も製造している中、当社は温麺の製造だけに特化しているのが特徴です。
白石温麺の由来は、今から400年ほど昔、胃を病んだ父親のためにその息子が「油を使わずに作った麺」を食べさせたところ、胃病が治ったという話に遡ります。その親孝行話が、時のお殿様であった片倉小十郎公に伝わり、父を想う息子の温かな心を讃え、その麺を温麺(うーめん)と名付けたと言われています。我が吉見家は、長い間片倉小十郎の家臣として仕えたことから、片倉家の旗印である「つりがね」を商標とするお許しをいただきました。おかげさまで、地元では、上質な温麺といえば「つりがね印」という認知が広く浸透しています。
――そんな歴史ある会社をM&Aで譲渡しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか?
吉見様: 後継者として、最初は息子を考えていました。実際、息子と5年ほど一緒に仕事をしたのですが、息子に後を継ぐ意思があまりありませんでした。また、仮に息子が後継者になってくれたとしても、その次の引き受け手がいるかどうかわからない状況でした。次の代に、さらにその次の代へと事業を継続させることが絶対条件だったので、悩んだ末にM&Aを検討しようと考えるようになりました。 息子以外の親族という選択肢がないとはいえませんでしたが、M&Aであればもっと広い範囲から事業継承先を探すことができます。そこで2021年1月に日本M&Aセンターと提携仲介契約を結び、具体的に譲渡先の検討を始めました。
――譲渡先にはどのようなことを求めていらっしゃいましたか?
吉見様:普通であれば、同じ製麺業の会社を候補に考えると思います。ただ、私の条件は同業ではないことでした。変化の激しい時代ですから、他社と同じ手法でやっても意味がありません。今後もきちみ製麺の温麺を発展させていくには、まだ他の誰もやっていない新しい手法にこそチャレンジしていかなくてはいけない。この考えは、経営者になったときから変わらない私の信条のようなものです。 もう一つ大事だと考えたのは、人です。相手企業の経営者の考え方がすべてだと思いました。
――八戸東和薬品はまさにその条件にぴったりな企業だったのですね。
吉見様:八戸東和薬品の髙橋 巧社長とは提携仲介契約から8カ月後の2021年9月にお会いしました。お話をするなかで、この人ならばきちみ製麺が築いてきた歴史、カラーは潰さないだろう、受け入れるところは受け入れつつしっかりと事業を継続してくれるだろうと感じました。 さらに、まるでラブレターのような手紙をもらったんです。そこには、「100年続くきちみ製麺にしていきましょう」と誠意に満ちた言葉が記されていて、心に響きました。この人なら間違いない、未来のお客様により美味しい白石温麺を届けるために尽力してくれると確信しました。 ジェネリック医薬品の卸売というまったくの異業種ではありましたが、異業種だからこそきちみ製麺の個性を活かしながら継続させてくれるだろうと考えました。実際、きちみ製麺が長きにわたって積み重ねてきたことは十分に尊重してくれています。
――2022年2月に最終契約を締結されました。M&A後、社内や取引先、エンドユーザーの反応はいかがでしたか?
吉見様: 譲渡を決めたのは、きちみ製麺を未来に残すため、この先もずっと事業を続けるためです。前向きな選択であるからこそ、譲渡したことが否定的に伝わることがないよう、言葉に気をつけて伝えるよう意識しました。 従業員に伝えたときには、良いとも悪いともとくに反応はなかったように思います。取引先についても、これまで通り同じ担当営業が同じことをやっていくので、特別何も変わらないよね、という反応でした。 一方で、当然ながら、M&Aは人生ではじめての経験です。両社間でさまざまなやり取りを経て契約まで進みましたが、実際のM&Aの中身は、正直、想像していたよりもはるかに複雑で大変な仕事でした。日本M&Aセンターの助けを借りながらなんとか契約に至りましたが、この大変さは実際に経験した経営者にしかわからないだろうなと今でも思っています。
――M&Aから約2年が経過し、髙橋社長のインタビューではカイゼンによって営業利益が上がったとお聞きしました。吉見会長はどのような効果を実感されていますか?
吉見様:八戸東和薬品は、DX化、業務カイゼンのノウハウが豊富です。そのノウハウを投入し、DX化による業務カイゼン活動は着々と進んでいます。今後は、製造管理、さらには品質管理、商品開発の領域まで業務カイゼンが連動して進み、次は販売分野のカイゼンへとつながるという好循環サイクルが回るようになります。そうなれば、パッケージの見え方を変える、売り方を工夫するなど、これまでとは違うプラスアルファの販売戦略が打ち出せるようになるはずですから、これからに大いに期待しています。
――現在は会長として会社にどう関わっていますか?
吉見様:今現在も、奥州白石温麺協同組合の理事長を務めているので、以前と同じようにその仕事は続けていますが、きちみ製麺の経営には関わっていません。きちみ製麺の社長に就任した髙橋社長とは、週1回の電話ミーティングを欠かさず行っていて、組合を通して得た情報をはじめ、お互いに情報共有、経過報告をしています。 ただ、従業員たちの様子はどうしても気になってしまうものです。以前からやってきたことですが、「声掛け運動」は今も続けていて、従業員の顔色を見る、声を掛けるなど、何気ないコミュニケーションを積極的にとるように心がけています。
――今後について今、どんな思いを持っておられますか?
吉見様:事業承継を経て今思うことは、きちみ製麺だけでなく、業界全体が生き残り成長していかなければいけない、ということです。白石温麺が全国に誇る産地になるためには、きちみ製麺だけが100年続く企業を目指してもだめで、同業者がお互いに切磋琢磨して成長していく必要があります。そのために何ができるかをいつも考えていますし、これからも考え続けることになると思います。
よりおいしい麺づくりを追求していく必要性も強く感じています。日本人の主食であるお米も年々品種改良によって進化を続けて、どんどん美味しくなっていますよね。食べ物はやはり美味しくないと生き残れません。今も十分に美味しいけれど、より美味しく、さらに美味しく。完成形がない永遠の課題ですし、とくに私は技術職の人間なので、白石温麺も時代に合わせた進化がもとめられているはずです。
――日本M&Aセンターに対しては、どのような感想をお持ちですか?
吉見様:他社は一切検討せず、はじめから日本M&Aセンターを信頼してお願いしました。ですから他と比較することはできませんが、日本M&Aセンターがもつ豊富な知見とノウハウにとても助けられました。 「同業以外」という条件を提示していたものの、果たしてそれでよいかと迷うこともありました。しかし、複数の企業を紹介してもらったことで、改めて相手企業に望むことが徐々に明確になりました。紹介企業の多さに正直迷い過ぎてしまうほどでしたが、イメージを膨らませる過程で候補が明確になり、覚悟が決まり、結果、最高の譲渡先を紹介いただいたと感謝しています。
――M&Aを検討している企業に向けてメッセージをお願いします。
吉見様:M&Aでは、自社の強みや個性をしっかりと引き継いでくれる経営者と出会うことが最大のポイントだと考えます。そのために、まずはこれまで会社が生き残ってきた理由は何なのかをはっきりとさせること。その上で、それを認めてくれる相手、より強くするために補強してくれる相手を探すことが大事です。
やみくもに事業承継しても、自社ならではのオリジナリティーがないと最終的に生き残ることはできません。今すぐに、ということでないのであれば、事業承継を具体的に進める前に、まずは個性を磨くことに注力するのが良いのではないでしょうか。キラリと光る何かが一つあれば、譲り受けたいと考える企業はたくさんいると思います。
中小企業は、M&Aという選択肢をもっと積極的に検討すべきだと思っています。中小企業の皆さんが、事業を辞めてしまうのはもったいないし、本当にさみしい。M&Aを検討し、ぜひ個性を生かしてくれる経営者と出会えることを願っています。
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