[M&A事例]Vol.140 医薬品×食品、異色のM&A。120年以上の歴史にカイゼンの風を吹き込む
ジェネリック医薬品の卸売業を営む八戸東和薬品は、異業種のきちみ製麺を譲受けました。約2年経った現在話を伺いました。
譲渡企業情報
譲受企業情報
※M&A実行当時の情報
高校3年生という若さで起業して以来、40年以上にわたって経営のかじ取りを続けてこられた株式会社樽味屋(福岡県春日市)の矢下善生社長。同社が販売する博多名産の辛子高菜やもつ鍋セットは売れ行き好調で、業績も堅調でした。しかし、矢下社長は早い時期からM&Aを検討していたといいます。そして2019年、大分市でラーメン店などを多角的に経営するヤマナミ麺芸社(大分市)に株式を譲渡されました。矢下社長のご決断の経緯と、その背景にあった会社の将来に対する思いを伺いました。
「企業の寿命は40年」とのアドバイスに 60歳で事業承継すると決めて経営をしてきた
矢下様: 創業したのは1979(昭和54)年です。当時、私は高校3年生でした。とにかく経営者になりたいという思いが強く、そうなるためにはどうすればいいのかを一生懸命考えていました。そして、まずはどの業種をするかを決めようと思い、「食べ物だったらこれからなくなることもないだろう」と、食品関連を選びました。 サラリーマンだった親は起業に大反対でした。「お前がやってもせいぜい1週間ももたないだろう」と言われ、家を飛び出し、以来、10年は帰りませんでした。 そんな状態で経営をスタートさせたものですから、頼る知り合いもいません。とにかく一生懸命に額に汗して働いていると、かえって苦労人の経営者の方々が「頑張っているな」といろいろと助けてくれました。
矢下様: きっかけは周囲の経営者の方々からのアドバイスです。「企業はだいたい40年が寿命だよ」と言うんです。「いくらいい会社でも40年を境に衰退していく。だから40年後にバトンタッチすることを考えながら経営しなさい」と――。このときから、「きっちりとした引退をしなければ経営者失格」との考えを持つようになり、60歳くらいにどういう形でバトンを渡していくかを考えながら経営をしてきました。
矢下様: 娘が一人おりましたので、周りからは「お嬢さんが継がれるんでしょう?」とか「娘婿さんが継がれるんですか」とよく聞かれました。選択肢になかったわけではありませんが、身内だとつい厳しく当たってしまい、親子関係に亀裂が生じてしまうのではとの思いがありました。それに、経営の才能があればいいですが、そうでなければ本人も不幸ですし、何より従業員が苦労します。そうした会社もたくさん見てきましたので、妻とも話して、身内に継がせるのはやめようと決めていました。 社員への承継については、創業後初めて雇った社員で私の右腕になっていた男性社員がいましたので、彼に継がせたいという気持ちもありました。「血筋でうまくいく時代はもう終っているんだよ」と説得もしたのですが、実際にバトンを渡すとなると億単位の株を個人で買い取ることになります。結局、金銭面の問題で断念しました。
BtoCメインの会社とBtoBの弊社―― 互いの強みで大きな相乗効果が得られる
矢下様: そうした手法があるということは、10年ほど前から耳にするようになっていました。創業時からお世話になっている税理士事務所の先生からも「M&Aを専属にする会社があるみたいですよ」と聞いてはいましたが、当時のM&Aというと、100億、200億の売上規模の会社同士が事業拡大のために行うもの、というイメージがあったので「うちでは難しいだろうな」と思っていました。 ところがその頃、金融関係の方々から「会社を買いませんか?」とお話をいただく機会が増えたんです。「どこからそうした情報を仕入れているんですか」と尋ねると、「実は日本M&Aセンターからもらっている」と……。その前後でちょうどお世話になっている会計事務所の先生からも「日本M&Aセンターという会社があるんですが、会ってみませんか」というお話をいただき、会ってみることにしました。
矢下様: 私の希望は3つです。1つ目は、幹部社員の優遇。最初に承継も考えた幹部社員の給料を月給制から年俸制にし、取締役にする。そして、彼に才覚があるのであれば代表権も持たせてグループ内で社長に取り立ててほしい。2つ目は、社員全員の雇用の継続。そして3つ目は、創業から大切に守ってきた「樽味屋」という社名を残してほしい。この3条件を満たしていれば、地域などは限定せず、日本中のどこの企業でもいいと考えていました。
矢下様: はい。一番に手を挙げてくれたのがヤマナミ麺芸社さんでした。アプローチが早いということは、それだけ意欲が高いということです。それに、実際にお会いした際に、吉岩社長が弊社の幹部社員と年齢も近く、一緒に成長していけそうなイメージが持てたのも良かったです。
矢下様: ヤマナミ麺芸社さんはラーメン店を経営していてBtoCに強く、弊社は卸がメインでBtoBです。吉岩社長と話しをする中で、ヤマナミ麺芸社の商品をギフトとして土産物店に卸したり、弊社の看板商品の辛子高菜をラーメン店に置いてもらうなど、互いの強みを生かせば大きな相乗効果が得られると感じました。M&A後の展開についても細かい打合せが進み、順調に話が進みました。
社員の理解あってこそのM&A 納得してもらえるストーリーを考えた
矢下様: 成約式で実際に判をついたときは、「これで樽味屋は自分の手から離れるのか」という寂しさよりも、今後の展開へのワクワク感の方が強かったです。それまでに、吉岩社長とはM&A後の展開についてさまざま話し合っていて、「吉岩社長には、ぜひ今後とも協力をお願いしたい」と依頼もされていましたから。これから樽味屋ももうひと段階大きくなるという希望を感じています。 「本業で社会貢献ができる企業は絶対につぶれない」と言われてきました。現在は、「漬物伝道師」として漬物作りの講習会を開きながら、漬物文化を後世に残していく活動に力を入れています。これが私の経営者としての最後の使命だと思っています。
矢下様: 一番気を使いました。会社はそこで働く人がいて初めて成り立ちます。ですから、納得してもらえるストーリーを考え、幹部、社員とそれぞれに説明をしていきました。 幹部社員とはまず、「大分で頑張っている会社があるから訪問してみないか」と一緒に工場見学に行くことから始めました。工場には壁一面に従業員一人ひとりの目標設定が貼ってあり、日ごろ幹部と話していた理想の職場像がありました。その後、この会社と事業で手を結びたい気持ちを伝え、幹部からも「一緒にやれば面白い展開になるかもしれませんね」という言葉が出たので、そこでM&Aの話を伝え理解を得ました。 取引先へは幹部社員と一緒に出向いて、「取引条件は今までと変わりません」と丁寧にお伝えしました。
矢下様: 「誰も後継者がいない」「あまり儲かっていない」といった後ろ向きな理由で譲渡する必要はないと思います。何十年と必死に経営をされてきたわけですから、ご自身でも気づいていない強みが必ずあります。M&Aを進める前に、まずはそうした自社のアピールポイントを精査されてはいかがでしょうか。
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