業界再編と企業結合規制 戦略法務の観点から -イオンによるダイエーの子会社化-

江端 重信

著者

江端重信

三宅坂総合法律事務所弁護士

M&A全般
更新日:

⽬次

[非表示]

はじめに

業界再編においては、市場環境をにらみながら、企業の競争力強化のためにM&A戦略等がとられるため、独占禁止法(以下「独禁法」という。)の規制が必然的に問題となる。

とりわけ上場企業においては、後述のとおり、2009年の独禁法改正により「企業結合集団」という概念が導入され、自社を含む企業グループ全体の国内売上高合計額が200億円を超える場合には独禁法の規制対象となり得ることから、独禁法の問題は避けて通れないといえよう。

M&Aと独禁法の関係

独禁法では、一定の売上規模以上の会社間の株式譲渡、合併、共同新設分割、吸収分割、共同株式移転、事業等の譲渡(以下、併せて「企業結合」という)については、公正取引委員会(以下「公取委」という)に対し、その概要や当事会社とその親会社・子会社・関連会社の状況について届け出ることが要求され、届出後原則30日間の待機期間中は当該企業結合を実行することができない(TOBの場合であれば、待機期間終了日に応じてTOB期間の終了日を調整する必要もある)。

また、このような届出の対象となるか否かにかかわらず、公取委は、審査の結果、企業結合が一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなると判断した場合には、排除措置命令により、当該企業結合を禁止し又は当該企業結合に条件を付す(ただし、当事会社から問題解消措置の申出がなされた場合には、排除措置命令が行われないこともある)。公取委の審査は、(届出後の)第1次審査(原則30日間)において詳細審査が必要と判断された場合には、第2次審査(届出受理日から120日後又は当事会社による報告等の完了から90日後のいずれか遅い日まで)に移行し、第2次審査終了前のM&Aの実行は事実上不可能となる(図1)。

図1 企業結合審査のフローチャート(公正取引委員会「2011年度における主要な企業結合事例について」より)

図1 企業結合審査のフローチャート(公正取引委員会「2011年度における主要な企業結合事例について」より)

最近のイオンによるダイエーの子会社化案件においても、公取委は、2013年3月29日付けで第2次審査を開始する旨を公表している。

このように、独禁法の規制はM&Aのスケジュールや実行可能性、実行内容に影響を及ぼすため、M&Aの当事会社においては、検討、実行しようとしているM&Aが届出対象となるかという点や一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなるかという点について、事前に法律専門家による分析を十分に行っておく必要がある。

なお、独禁法との関係では、このほかM&A実行前のデューデリジェンス等の段階における当事会社間での顧客や商品価格等についての情報交換によってカルテルが形成される可能性があるという点(いわゆるガン・ジャンピング)にも注意が必要であるが、本稿では、紙幅の関係上、これ以上の言及は控える。

公取委への届出

株式取得のケースを例にとると、買収会社の企業結合集団の国内売上高合計額が200億円超で、被買収会社とその子会社の国内売上高合計額が50億円超で、当該株式取得後の買収会社の企業結合集団による議決権保有割合が20%超又は50%超となる場合には、原則として公取委への届出が必要となる。

2009年の独禁法改正により「企業結合集団」図2という概念が導入されたため、当事会社の企業結合集団に含まれる全ての会社を正確に把握しないと、まずもって届出の要否自体を判断できない。企業結合集団の範囲は、いわゆる実質支配力基準(連結範囲と同様の基準)で考えるため、その特定のためには、グループ会社間の資本関係のみならず、グループ内の会社及びその役員・従業員間の資本関係や融資の有無、グループ各社の役員構成等を確認する必要がある(多数のグループ会社を有する会社の場合には、企業結合集団の特定に苦労することもあろう)。上場企業であれば、自社を含む企業結合集団の国内売上高合計額が200億円を超えることも少なくないであろうから、要注意である。

図2 企業結合集団

図2 企業結合集団

また、届出書においては、企業結合集団内の他の会社についての情報や企業結合集団の間で競合する商品・役務等について記載することが要求されているため、グループ内の会社から迅速にこれらの情報を収集できる体制を整えておく必要もある。

公取委の審査

公取委の審査は、いわゆる「企業結合ガイドライン」に即して進められ、「一定の取引分野」における当事会社グループの市場シェアの高低やその他の競争圧力等が判断要素となる。「一定の取引分野」の画定にあたっては、当事会社グループの取り扱う商品・役務やその取引地域の範囲を需要者等にとっての代替性の観点から判断することになるが、取引地域の範囲は、個々の商品・役務によって、日本全国、都道府県、市区町村、あるいはそれより狭い範囲など異なってくる。

したがって、検討、実行しようとしているM&Aが一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなるかを事前に分析するにあたっては、公取委と十分にコミュニケーションをとって、「一定の取引分野」の範囲について感触を掴んでおいたほうがよい場合も少なくないであろう。

また、2011年に事前相談制度が廃止され、届出前に公取委の実質的判断を得ることができなくなり、公取委の審査はあくまで届出後からスタートすることになった(これに伴い、届出前相談制度が新設されたが、これは届出書の記載方法等に関する相談にとどまり、届出前に実質的判断を行うものではない)。第1次審査の期間は原則30日間と短期間であり、その間に公取委の納得するに足る情報を提供できないと、第2次審査に移行してしまうため、届出前相談の利用も含め、これまで以上に公取委への情報提供を迅速かつ積極的に行っていく必要性が増している。

おわりに

以上のとおり、独禁法の規制はM&Aのスケジュールや実行可能性、実行内容に影響を及ぼすところ、近年の企業結合規制の改正により当事会社にとっての重要性は増しているといえる。M&Aの円滑な実行のためには、独禁法の規制についてもM&A検討の比較的初期の段階から十分な対応をとっておくことが非常に重要である。

広報誌「Future」 vol.1

Future vol.1

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.1」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

江端 重信

江端えばた 重信しげのぶ

三宅坂総合法律事務所弁護士

2001年東京大学法学部卒業、2002年弁護士登録。三宅坂総合法律事務所パートナー。上場・非上場企業の会社法案件、M&A・グループ内再編案件、各種企業間紛争解決(M&A関連紛争を含む契約紛争、損害賠償、権利侵害差止、経営権紛争等)、事業再生案件を多数取り扱う。会社法、金商法、M&A等をテーマとするセミナー講師歴多数。 【事務所概要】 上場企業、金融機関、その他各種企業、ファンド等のクライアントを中心に国内外の紛争解決、M&A等トランザクション、事業再生・倒産処理、コンプライアンス・リスク管理、国際法等の企業法務等全般を幅広く取り扱い、各分野において高度の専門性を有する各弁護士の知識とノウハウを活用してクライアントの利益に合致するリーガルサービスを提供している。急速に進展する日本とアジア経済の一体化、企業活動の国際的展開に対応するため、中国、台湾、韓国、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、シンガポールその他ASEAN諸国、インド等との企業の取引事業活動、M&A等の対応を多数実施している。

この記事に関連するタグ

「広報誌・M&A法務・業界再編」に関連するコラム

上場企業オーナー経営者の主要株式の売却について

M&A全般
上場企業オーナー経営者の主要株式の売却について

上場企業オーナー経営者の企業承継のためには、非上場企業とは異なる金融商品取引法(以下、「金商法」という)に基づき、株式公開買付け(TOB)によることが殆ど不可欠である。発行済み株式の3分の1超の株式の売買を伴うケースでは、オーナー経営者が予め特定の買受人(以下、「承継予定者」という)と相対で株式を売却する場合でも、TOBによることが金商法上必要になる。そこで、検討すべき実務上のポイントを、以下に説

カーブアウトの法務

M&A法務
カーブアウトの法務

カーブアウトの法的スキーム企業グループの既存事業を見直し、選択と集中を行う場合、ノンコア事業部門を事業売却する手法は、カーブアウト(又はスピンアウト)と称され、数多くの活用事例がある。ノンコア事業が100%子会社の形態で存在する場合は株式譲渡の手法によるが、企業内の事業部門である場合、以下が主要な方法である。1.事業部門を事業譲渡する2.事業部門を会社分割の方法で分割したうえでその事業部門を承継し

M&Aの手法とPMIにおける人事労務対応の特色

PMI
M&Aの手法とPMIにおける人事労務対応の特色

M&Aにおける人事労務面の統合(PMI)は、吸収合併、株式譲渡、事業譲渡・会社分割により進め方・特色に違いがある。PMIとは|M&A用語集吸収合併の場合被買収会社の人事労務体系を買収会社の人事労務体系にいわば「片寄せ」できるかは、M&Aの実務上大きな課題である。事業譲渡(譲受)の場合と異なり、合併では被買収会社の労働者の地位はクロージングにより包括的に承継されるので、合併前に人事労務面の統合に関す

調剤薬局M&Aの現場から

M&A全般
調剤薬局M&Aの現場から

譲渡できる地域薬局は限定的に調剤薬局業界の再編は、1~2店舗の零細薬局から地域のトップクラスの薬局へと波及している。数年前から、県で10位程度までの薬局が大手企業へ事業を譲渡する動きが活発になっている。下記の表にもあるように2013年には10店舗クラス、2014年には20~50店舗クラスの地域薬局が全国展開する大手調剤薬局グループへ相次いで譲渡した。一方で、零細規模の薬局はどうだろうか。もちろん1

業界再編と企業戦略

M&A全般
業界再編と企業戦略

Futurevol.4「業界再編スタート」において、「業界再編と企業戦略」と題して、(1)業界再編の背景・理由、(2)業界再編のメカニズム、(3)業界再編の対処、という3つの論点に関して考察を行った。それぞれを簡単に振り返ると、(1)においてはハーバード大学のマイケル・ポーター教授が提唱する「5つの力」のフレームワークを用いることで、業界構造の変化が要因となって再編が起きていることを示した(図1参

経営環境の悪化と薬剤師不足を背景に、本格的な再編期に突入した調剤薬局市場

M&A全般
経営環境の悪化と薬剤師不足を背景に、本格的な再編期に突入した調剤薬局市場

調剤報酬マイナス見通しで成熟期に突入した調剤薬局市場日本薬剤師会によると2014年度(2014年3月~2015年2月)の調剤点数は681,205,423千点、金額ベースで6兆8,120億5,423万円となった。前年比2.3%という伸び率は、過去最低の伸び率を記録した2012年度に次ぐ低い伸び率に留まった。また、調剤件数、処方箋枚数、処方箋単価、処方箋受取率(分業率)の伸び率も鈍化しており、市場は完

「広報誌・M&A法務・業界再編」に関連する学ぶコンテンツ

業界別M&Aの特徴・動向

業界別M&Aの特徴・動向

近年、あらゆる業界・業種で行われているM&A。業界再編が活発化する業界など、業界・業種によってM&Aの検討ポイントは異なります。本記事では主な業界の現状動向についてご紹介します。※本記事は2021年9月28日に公開された内容を編集しています。この記事のポイントM&Aの動向は業界によって異なり、医薬品卸・小売業界では調剤薬局のM&Aが活発で、業界再編が進んでいる。IT業界ではデジタルトランスフォーメ

M&Aの法務のポイントを弁護士がわかりやすく解説

M&Aの法務のポイントを弁護士がわかりやすく解説

M&Aにおける法務の必要性とは?M&Aの実行に当たってはビジネス・財務・法務、すべての観点が欠かせません。ビジネスの観点については、M&A戦略を描く買い手の経営陣が得意とするところです。そして財務的観点は、多くの中小企業において決算書等の数字を中心に確認されます。これらの2つに加え重要になるのが「法務的観点」です。そもそもM&A自体、会社法等の様々な法令を適用して行われる手続です。法令上求められる

基本合意書(LOI)の締結

基本合意書(LOI)の締結

M&Aで基本合意書は、主に交渉内容やスケジュールなどの認識を明確にし、スムーズに交渉を進めることを目的として締結されます。本記事では、基本合意書の概要や作成するにあたり注意すべき点などについてご紹介します。なお、本文では中小企業M&Aにおいて全体の8割程度を占める、100%株式譲渡スキームを想定した基本合意書の解説とさせていただきます。日本M&AセンターではM&Aに精通した弁護士・司法書士・公認会

M&Aの関係者

M&Aの関係者

M&Aの実行には売り手、買い手の当事者のほか、彼らを支援する支援機関など様々な関係者の存在が不可欠です。本記事ではM&Aにはどのような関係者がいるのか、その役割について紹介します。この記事のポイントM&A専門会社には、M&A仲介会社があり、両者の間に立って交渉を仲介する。FA(ファイナンシャル・アドバイザー)は一方の利益を最大化する役割を担う。士業の専門家(公認会計士・弁護士)や金融機関も関与し、

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース