成熟化を背景に新たな再編期に入った調剤薬局市場

水越 孝

著者

水越孝

矢野経済研究所 代表取締役社長

M&A全般
更新日:

⽬次

[非表示]

成長市場から成熟市場へ

日本薬剤師会によると2012年度(2012年3月-2013年2月)の調剤点数は630,576,653千点、金額ベースで6兆3,057億6,653万円となった。前年比1.7%という伸び率は過去5年間で最低の数値であり、また、調剤件数、処方箋枚数、処方箋単価の伸び率も鈍化しており、ここへきて市場の成熟化が急速に進んだと言える。

2014年度の調剤報酬改定も楽観できる状況になく、薬価の改定、後発医薬品のもう一段の使用促進、消費増税など外部環境に好材料は見当たらない。また、1請求薬局当たりの処方箋枚数や処方箋に占める調剤技術料収入の比率も低下傾向にあり、1店当たりの収益環境も厳しくなるものと予想される。

加えて、ドラッグストアの調剤事業強化や異業種参入の活発化など競争環境は更に厳しくなってきており、業界は本格的な低成長時代を前に熾烈な面取り競争に入ったと言える。

成熟化する調剤薬局市場

成熟化する調剤薬局市場

積極的なM&Aで市場占有を目指す大手調剤薬局グループ

総市場の伸び率の鈍化を背景に大手調剤薬局グループによるM&Aが活発化している。もともと調剤薬局市場は個人の薬剤師さんが開設した薬局店が主流であり、ここ数年来、事業承継問題の顕在化に伴ってM&Aが活発な業界として知られてきた。こうした業界再編の気運は市場の成熟化とともに一挙に加速、この1、2年は「売り案件」が出れば、まさに「金に糸目をつけず」状態で大手が競い合う状況にある。

表のとおり、大手チェーンの店舗拡大スピードは速い。2014年以降についても、例えば日本調剤は2013年3月期末時点の465店から2015年3月期には1000店へ、クオールも同438店から600店への数値目標を掲げるなど、チャレンジングな規模拡大が続く。

調剤薬局の市場構造1 調剤薬局の市場構造2

■調剤薬局の市場構造①: 1開設者あたりの展開店舗数~個人薬剤師さんの薬局が主流

■調剤薬局の市場構造②: 大手20社の店舗数シェア~大手20社の店舗シェアは11%に過ぎない

しかしながら、これだけ急激な店舗拡大を経ても大手20チェーンのシェアは店舗数ベースで11%にとどまる。資本による支配関係を含まない「緩やかな」提携関係によるチェーン・グループを含めても店舗数のシェアは全体の30.4%に止まる。実際、大手20チェーンのうち全都道府県をカバー出来ているのは日本調剤のみであり、首都圏を除けば大手グループであっても出店状況は全国的に「まだら模様」という状況にある。つまり、占有と規模化の実現に向けての事業展開余地はまだ十分に残っていると言え、したがって、各社の店舗数拡大意欲に衰える気配はない。低成長化を背景に既存薬局店の熾烈なM&A競争は当面続くものと予想される。

主要調剤企業の店舗数推移~活発化する大手チェーンのM&A

主要調剤企業の店舗数推移~活発化する大手チェーンのM&A

業態イノベーション戦略としてのM&Aの流れ

大手チェーンのM&Aのターゲットは引き続き‘門前薬局’やマンツーマン型が主流である。医療機関近くの調剤薬局を利用するという患者の行動パターンを考慮すると今後も門前薬局が主流であろうことは推察できる。しかしながら、医薬分業の更なる進展やドラッグストアの処方箋応需店舗の増加などにより中長期的には‘面分業’化の流れにあると言える。面分業とは特定の医療機関の処方をメインに受け付ける門前型とは異なり、複数の医療機関の処方に幅広く対応するタイプの薬局を言う。つまり、薬局経営におけるマーケティングの単位が病院から患者へシフトした薬局業態であり、言い換えれば、患者一人一人にとっての「かかり付け薬局」をコンセプトとする調剤薬局である。

面分業は地域密着を最大の競争優位とする中堅中小薬局の生き残り戦略の可能性を示すものであるが、当然ながら大手チェーンも医療モールや面分業対応薬局の強化、コンビニエンスストアをはじめとする異業種との提携など業態の多様化に着手しつつある。また、長期的には在宅医療への対応力が重要なマーケティング要件になると言え、その場合、医療従事者としての高度な専門能力ときめ細かなサービス業のノウハウを要する総合的な患者対応能力が問われると言える。その意味において、調剤薬局は単なる市場占有や規模化といった成長戦略を越えた次元で、すなわち、大手、中小、そして、異業種それぞれの業態におけるイノベーション戦略としての業界再編が加速してゆくものと推察される。

大手チェーンの出店地域比較~大手チェーンの市場占有はまだ途上にある

大手チェーンの出店地域比較~大手チェーンの市場占有はまだ途上にある

広報誌「Future」 vol.4

Future vol.4

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.4」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

水越 孝

水越みずこし たかし

矢野経済研究所 代表取締役社長

1989年矢野経済研究所入社。 流通・消費財分野の事業部長、営業本部長を経て、2005年代表取締役就任、2007年矢野経済信息諮詢(上海)董事長、2013年一般社団法人中野区産業振興推進機構理事、2021年一般社団法人地域創生インバウンド協議会監事、現在に至る。 大手企業のマーケティング戦略や新規事業の立ち上げに参画するとともに、ベンチャーや中小企業のコンサルティング、M&A支援の実績も豊富。著書に「統計思考入門」(プレジデント社、2014)など。 芝浦工業大学非常勤講師、拓殖大学客員教授を歴任、論文・講演実績多、テレビの情報番組等への出演多。

この記事に関連するタグ

「広報誌・業界再編・調剤薬局」に関連するコラム

調剤薬局M&Aの現場から

M&A全般
調剤薬局M&Aの現場から

譲渡できる地域薬局は限定的に調剤薬局業界の再編は、1~2店舗の零細薬局から地域のトップクラスの薬局へと波及している。数年前から、県で10位程度までの薬局が大手企業へ事業を譲渡する動きが活発になっている。下記の表にもあるように2013年には10店舗クラス、2014年には20~50店舗クラスの地域薬局が全国展開する大手調剤薬局グループへ相次いで譲渡した。一方で、零細規模の薬局はどうだろうか。もちろん1

業界再編と企業戦略

M&A全般
業界再編と企業戦略

Futurevol.4「業界再編スタート」において、「業界再編と企業戦略」と題して、(1)業界再編の背景・理由、(2)業界再編のメカニズム、(3)業界再編の対処、という3つの論点に関して考察を行った。それぞれを簡単に振り返ると、(1)においてはハーバード大学のマイケル・ポーター教授が提唱する「5つの力」のフレームワークを用いることで、業界構造の変化が要因となって再編が起きていることを示した(図1参

経営環境の悪化と薬剤師不足を背景に、本格的な再編期に突入した調剤薬局市場

M&A全般
経営環境の悪化と薬剤師不足を背景に、本格的な再編期に突入した調剤薬局市場

調剤報酬マイナス見通しで成熟期に突入した調剤薬局市場日本薬剤師会によると2014年度(2014年3月~2015年2月)の調剤点数は681,205,423千点、金額ベースで6兆8,120億5,423万円となった。前年比2.3%という伸び率は、過去最低の伸び率を記録した2012年度に次ぐ低い伸び率に留まった。また、調剤件数、処方箋枚数、処方箋単価、処方箋受取率(分業率)の伸び率も鈍化しており、市場は完

<特別インタビュー>トップに聞く調剤薬局業界大手4社の戦略

M&A全般
<特別インタビュー>トップに聞く調剤薬局業界大手4社の戦略

株式会社メディカルシステムネットワーク専務取締役田中義寛氏日本調剤株式会社常務取締役三津原庸介氏阪神調剤ホールディング株式会社専務取締役岩崎裕昭氏株式会社アビメディカル代表取締役保田裕司氏※役職名はインタビュー当時のもの2016年4月に厚生労働省より診療報酬改定が発表された。今回の報酬改定では、「患者本位の医薬分業」の実現のため、患者の薬物療法の安全性や有効性の向上、ならびに医療費の適正化のため、

業界再編を起因とするM&A

M&A全般
業界再編を起因とするM&A

業界再編とは、「業界全体を考える優良企業が集まって業界構造を変え、新しいビジネスに挑戦すること」である。「一国一城の主」である創業オーナー経営者は、自力での成長を考えることが多い。経営者が、自社の企業がどう成長すべきか、どう利益を出していくのか考えるのは当然だ。しかしながら、再編を主導する経営者は独自の考えを持ち、個人や一企業の利益のためだけでなく、業界の行く末を見据え業界全体をより良くするという

調剤薬局業界再編の今

M&A全般
調剤薬局業界再編の今

調剤薬局業界の成約件数は倍増2013年4月より、調剤薬局業界特化のM&Aプロジェクトチームの責任者を拝命した。その後わずか1年弱の間に株式会社メディカルシステムネットワークと株式会社トータル・メディカルサービスの経営統合案件を含め、10件のM&A成約を支援させて頂いた。第1線のM&A担当者として、本業界にて再編が急速に加速していることを肌でひしひしと感じている。地場でトップクラスの調剤薬局が譲渡へ

「広報誌・業界再編・調剤薬局」に関連する学ぶコンテンツ

「広報誌・業界再編・調剤薬局」に関連するM&Aニュース

ファーマライズホールディングス、寛一商店グループから一部の調剤薬局事業を譲受け

ファーマライズホールディングス株式会社(2796)は、寛一商店株式会社・アサヒ調剤薬局株式会社・有限会社ハヤシデラ・有限会社共生商会・株式会社ハーベリィ科学研究所・株式会社ソフトリー・有限会社ライフプランニング・新潟医薬株式会社・有限会社さくら調剤薬局(以上、会社更生手続き中)及び株式会社メディカルアソシエイツ(以下、寛一商店グループ)から、一部の事業譲渡を受けることを決定した。また、同日、同社と

メディカル一光グループ、三重県薬剤師会から薬局2店舗を譲受け

株式会社メディカル一光グループ(3353)の連結子会社である株式会社メディカル一光(三重県津市)は、一般社団法人三重県薬剤師会(三重県津市)より2薬局を譲受けることについて決定した。メディカル一光は、調剤薬局事業・医薬品卸売事業を行う。三重県薬剤師会は、薬剤師を会員とする職能団体。事業(調剤薬局)譲受けの目的今回の譲受けは、メディカル一光グループの薬局事業のさらなる強化を目的としており、地域医療の

メディカル一光、若松薬品の株式取得に関する協議を開始

株式会社メディカル一光グループ(3353)の連結子会社である株式会社メディカル一光(三重県津市)は、株式会社若松薬品(香川県高松市)の発行済全株式を取得し、子会社化することについて協議を開始する旨を決定し、若松薬品の主要株主との間で基本合意書を締結した。メディカル一光グループは調剤薬局事業、ヘルスケア事業、医薬品卸事業等を展開し、メディカル一光は、調剤薬局事業・医薬品卸事業を行っている。若松薬品は

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース