ASEAN主要国(タイ、インドネシア、ベトナム)におけるM&Aの留意点

松本 甚之助

著者

松本甚之助

三宅坂総合法律事務所弁護士

海外M&A
更新日:

⽬次

[非表示]

今回は、ASEAN主要国における現地法人M&Aの留意点を概説する。本稿では、比較的数多くの実例がみられる非上場企業の買収を念頭に、株式・持分取得と外資規制上の主な留意点を以下に記載する。

ASEAN諸国等における国外企業による資本提携など買収案件では、現地進出自体のビジネス上のフィージビリティの検討に加え、外資に対するライセンス等の規制、雇用法制・雇用慣行や税制面での検討が重要である。

なお、以下の記載は、留意点を網羅的に指摘したものではなく、他に検討すべき法規制上の論点も、これ以外に存在することを付言する。また、投資上の規制は折々改正されるので、M&A実施時点の規制をその都度確認する必要があることを申し添える。

タイ

株式取得手続の留意点

タイでは、株式譲渡契約書の締結と株式譲渡証書の作成の方法で株式取得を行う。株式譲渡証書には、譲渡人と譲受人の各署名者に1名以上の証人の署名が必要であり、この要件を満たさないと無効となる。株式譲渡後、対象会社は、新規株主リストを商務省(Ministry of Commerce)に提出する。タイは、他の2カ国と比べて、株式取得自体に関する手続的な規制は比較的少ないといえる。

外資規制上の留意点

タイには様々な外資規制があるが、最も重要な規制は外国人事業法(FBA)である。FBAでは、純粋な製造業以外を外国人が行うことは原則禁止しており、外国人が純粋な製造業以外の事業を行う場合、許可やタイ投資委員会(BOI)恩典の付与を受ける必要がある。一方、FBA上の外国人に該当しない場合、FBAの適用はなく、純粋な製造業以外の事業も上記の許可等を受けずに行うことが可能となる。FBA上の外国人とされる企業とは、要約すると外資比率が50%以上の企業である。例えば、以下の図1のような事例では、タイ人の資本が50%入っているにもかかわらず、いずれのタイ法人もFBA上外国人とされるなど、外資規制の適用判断には注意が必要である。

また、タイにおいては、外国人による土地の取得は原則禁止されている。土地法上、株式の49%超(50%以上ではない)を外資が保有するタイ法人は外国人に該当する。以上のことから、製造業以外の業種の企業や土地を保有する企業のM&Aの場合、日本からの出資は49%以下とすることが多く、このような法規制を適切にクリアする必要がある。

図1 タイ資本50%の法人でもFBA上は外国人とされる

図1 タイ資本50%の法人でもFBA上は外国人とされる

インドネシア

株式取得手続の留意点

インドネシアでは、株式譲渡は、実務的には公証人が作成する譲渡証書による必要がある(公証人の役割が日本の制度とは少し異なることに留意)。その後、公証人作成の譲渡証書を会社に提出し、会社において株主名簿を書き換え、株主変更を法務人権省に届け出る。

インドネシアで特に注意を要するのは、50%以上の株式取得の場合である。50%以上の株式取得はインドネシア会社法上「買収」に該当するとされ、それ以外の通常の株式取得と異なる手続が適用される。必要な手続は大要以下のとおりである。

  • 対象会社の従業員全員に対する通知および買収概要の新聞公告
  • 株主総会の特殊決議(定足数:全議決権4分の3以上、決議要件:総会で行使された議決権の4分の3以上)
  • 株主変更についてインドネシア投資調整庁(BKPM)による承認
  • 譲渡証書に公証人の面前で署名
  • 法務人権省での登記および官報掲載
  • 対象会社の取締役による買収結果の新聞公告

なおインドネシア人(法人)が当事者となる契約は同国の言語法が適用され、インドネシア語が存在しない契約を無効とする裁判例も存在するため、契約書作成時にこの点に留意を要する。

外資規制上の留意点

インドネシアでは2014年大統領令第39号、いわゆるネガティブリストに記載のある分野は投資が制限されている。したがって、対象会社の事業がネガティブリストに該当するか否かの調査が必要となる。外資系企業(PMA)(100%インドネシア資本の会社(PMDN)以外は全て外資系企業となるため注意されたい)にはPMDNと異なる最低投資額・最低資本金が要求されるので、PMDNからの株式取得の際には注意が必要である。PMAには土地の所有が認められていない。そもそも、土地所有は個人または政府が認めた法人のみなので、PMDNを買収する場合には、土地の利用方法についても事前の検討が必要である。

ベトナム

持分取得手続の留意点

ベトナムでは、日本企業の現地企業買収の方法として2名以上有限会社の持分取得が一般的に活用されている。2名以上有限会社の持分の売却の際には、他の出資者に先買権が認められていることから、合弁当事者全員からの同意の取得が必要になってくる。また合弁契約については、法定記載事項の定めがある。

外資規制上の留意点

ベトナムには、投資禁止分野または条件付投資分野といった分野ごとに外資規制がある。ベトナムがWTOに加盟した際のコミットメントで、2009年1月からは流通分野(卸、小売り)への100%外資参入、2015年1月には飲食提供サービスへの100%外資参入が認められたなど段階的に規制が緩和されてきている。しかしながら、100%の外資参入が認められていない分野も未だ多く存在する。さらに流通業の例では、大規模小売店等の2店舗目以降の開店のためには、経済需要テスト(Economic Needs Test)をクリアする必要がある。その条件が不透明な部分もある等、実際の進出に際しては現地の取扱いの確認が必須である。

外国投資家がベトナムへの投資をする際には、投資証明書の取得・変更が必要である。現時点では、(1)投資金額が3,000億ベトナムドン以上か、(2)条件付投資分野への投資かによって、投資登録[(1)も(2)も満たさない場合]または投資審査[(1)または(2)のいずれかに該当する場合]の手続を経る必要がある。この手続は数ヶ月かかる場合もあり、スケジュールが予定どおり進まないことがままある。 また、事業登録証(Business Registration Certificate)あるいは企業登録証(Enterprise Registration Certificate) の変更が必要なのか、取得比率により異なるのかなど、同国内の地域ごとに当局の運用が異なる場合があるので注意が必要である。なお、2015年7月に施行予定の改正投資法により、投資証明書の取得が必要になる場合が明確になり、その発行日数も短くなるとされているが、今後の当局運用には注意が必要である。

結び

本稿では、現在の規制の下での株式・持分取得手続および外資規制の要点のみを紹介したものであり、この他にも雇用法制や税制といった重要な検討課題がある。特にASEAN諸国では頻繁に法改正や当局運用が変わる傾向にある。したがって、実際にM&Aを検討する際には、各手続の詳細や検討時に適用のある規制についてその都度確認する必要があることに留意されたい。 筆者が企業からASEAN諸国の現地法人との資本提携の相談を受ける場合は、常時、現地の専門家と連携のうえ、その時々の適切な現地情報の把握を業務として実施している。

広報誌「Future」 vol.8

Future vol.8

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.8」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

松本 甚之助

松本まつもと 甚之助じんのすけ

三宅坂総合法律事務所弁護士

2006年弁護士登録、2012年アメリカ合衆国ニューヨーク州弁護士登録。クロスボーダーM&A、国際取引、国際紛争、国際倒産処理手続等の渉外案件を多数取り扱う。現在三宅坂総合法律事務所にて、ASEAN諸国(タイ、インドナシア、ベトナム、ミャンマーなど)や中国・インドなどにおけるM&A等提携取引の事例と相談を多く手がけている。 【事務所概要】 上場企業、金融機関、その他各種企業、ファンド等のクライアントを中心に国内外の紛争解決、M&A等トランザクション、事業再生・倒産処理、コンプライアンス・リスク管理、国際法等の企業法務等全般を幅広く取り扱い、各分野において高度の専門性を有する各弁護士の知識とノウハウを活用してクライアントの利益に合致するリーガルサービスを提供している。急速に進展する日本とアジア経済の一体化、企業活動の国際的展開に対応するため、中国、台湾、韓国、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、シンガポールその他ASEAN諸国、インド等との企業の取引事業活動、M&A等の対応を多数実施している。

この記事に関連するタグ

「ASEAN・広報誌・M&A法務・海外M&A・クロスボーダーM&A」に関連するコラム

海外のM&Aにおいて法務面での留意点

海外M&A
海外のM&Aにおいて法務面での留意点

はじめに日本企業がアジア諸国に進出するにあたっては、進出(会社設立・M&Aを含む)のみならず、その後の事業展開や撤退を含む、事業のあらゆる場面に関する現地法制の検討が必要となる。多岐にわたり事案によって異なるが、検討点の概要のみを述べる。進出の方法と考慮すべき規制企業が海外に進出する方法は、事業内容、進出目的、進出先での会社法規による規制\1や外国投資規制\2等を勘案し、100%子会社(独資)や合

クロスボーダーM&Aのリアル ~シンガポールから見た日本企業~

海外M&A
クロスボーダーM&Aのリアル ~シンガポールから見た日本企業~

日本M&Aセンターのシンガポール・オフィスには、4人の現地スタッフ、4人の日本人スタッフの合計8名が常駐している。現在のスタッフ体制が確立したのは、およそ1年前。その中核となる二人のコンサルタント、ジョアンナとイーチェンが、日本オフィスに現状を伝えるべく、2019年7月に来日。シンガポールにおけるM&Aの最新情報をレポートする。(文中:J=ジョアンナ、Y=イーチェン|2019年7月時点)左:イーチ

シンガポール進出4年目を迎えて

海外M&A
シンガポール進出4年目を迎えて

日本M&Aセンターの初のASEAN海外拠点として、2016年4月にシンガポールに事務所を開設した。以来3年間の活動で得たシンガポールのM&A動向について記したい。ASEANにおけるM&A件数推移下の図を参照いただきたい。近年のアジアにおけるIn-Outの件数推移である。2018年はシンガポール企業の買収が53件と、最も多い。単年に限ったことではなく、ここ5年ほどはASEANのM&Aにおいて最も日本

シンガポールからの考察:日本企業による東南アジアでのM&A

海外M&A
シンガポールからの考察:日本企業による東南アジアでのM&A

長らくシンガポールを拠点としてビジネスに携わり、縁あって日本のコンサルティング・ファームの一員となった。それらの経験等から、日本企業による東南アジアでのM&Aを考察したい。総論国際化時代を迎え、日本企業がグローバル競争に生き残り、事業を拡大していくためには、東南アジアにおけるM&Aが不可欠の戦略である。すでに日本企業は、東南アジアにおいて、金額ベースでは他国をしのいで最大の投資元となっている。ディ

アジアにおけるクロスボーダーM&A -失敗しないためのアプローチ-

海外M&A
アジアにおけるクロスボーダーM&A -失敗しないためのアプローチ-

アジアへの投資は衰えずアベノミクスにより日本国内景気が上向き、円安の進行が進んでいる。それにもかかわらず、日本企業の海外進出・投資は依然として衰えていない。シンガポールにおいて日本企業を支援している筆者からも、日本市場の縮小とアジア新興国の所得水準向上という長期的トレンドから、国内市場を主戦場としてきた企業でさえ、持続的な成長のために海外戦略を加速させている状況が見て取れる。アジア地区への日本から

ASEAN地域におけるM&A事例紹介

海外M&A
ASEAN地域におけるM&A事例紹介

日本M&Aセンター海外支援室は、日本企業のアジア進出あるいは撤退の支援を第一段階として展開してきた。今や、第2段として、日本企業の現地資本企業(ローカル企業)の買収等、いわゆるIN-OUT案件を発掘、構築する段階に至っている。ここでは、第1段階の総括として、ASEAN2カ国で成約した案件、および第2段階の本格的IN-OUTの端緒となるであろう案件をご紹介する。CASE1インドネシア【背景】買手A社

「ASEAN・広報誌・M&A法務・海外M&A・クロスボーダーM&A」に関連する学ぶコンテンツ

M&Aの法務のポイントを弁護士がわかりやすく解説

M&Aの法務のポイントを弁護士がわかりやすく解説

M&Aにおける法務の必要性とは?M&Aの実行に当たってはビジネス・財務・法務、すべての観点が欠かせません。ビジネスの観点については、M&A戦略を描く買い手の経営陣が得意とするところです。そして財務的観点は、多くの中小企業において決算書等の数字を中心に確認されます。これらの2つに加え重要になるのが「法務的観点」です。そもそもM&A自体、会社法等の様々な法令を適用して行われる手続です。法令上求められる

基本合意書(LOI)の締結

基本合意書(LOI)の締結

M&Aで基本合意書は、主に交渉内容やスケジュールなどの認識を明確にし、スムーズに交渉を進めることを目的として締結されます。本記事では、基本合意書の概要や作成するにあたり注意すべき点などについてご紹介します。なお、本文では中小企業M&Aにおいて全体の8割程度を占める、100%株式譲渡スキームを想定した基本合意書の解説とさせていただきます。日本M&AセンターではM&Aに精通した弁護士・司法書士・公認会

M&Aの関係者

M&Aの関係者

M&Aの実行には売り手、買い手の当事者のほか、彼らを支援する支援機関など様々な関係者の存在が不可欠です。本記事ではM&Aにはどのような関係者がいるのか、その役割について紹介します。日本M&Aセンターは中小企業庁のM&A支援機関登録制度に登録しているM&A仲介会社です。経営・事業承継に関するご質問・ご相談を予約制で承ります。無料相談はこちらM&Aの関係者M&Aの実行に関係する当事者、支援機関など主な

「ASEAN・広報誌・M&A法務・海外M&A・クロスボーダーM&A」に関連するM&Aニュース

ルノー、電気自動車(EV)のバッテリーの設計と製造において2社と提携

RenaultGroup(フランス、ルノー)は、電気自動車のバッテリーの設計と製造において、フランスのVerkor(フランス、ヴェルコール)とEnvisionAESC(神奈川県座間市、エンビジョンAESCグループ)の2社と提携を行うことを発表した。ルノーは、125の国々で、乗用、商用モデルや様々な仕様の自動車モデルを展開している。ヴェルコールは、上昇するEVと定置型電力貯蔵の需要に対応するため、南

マーチャント・バンカーズ、大手暗号資産交換所運営会社IDCM社と資本業務提携へ

マーチャント・バンカーズ株式会社(3121)は、IDCMGlobalLimited(セーシェル共和国・マエー島、IDCM)と資本提携、および全世界での暗号資産関連業務での業務提携に関するMOUを締結することを決定した。マーチャント・バンカーズは、国内および海外の企業・不動産への投資業務およびM&Aのアドバイス、不動産の売買・仲介・賃貸および管理業務、宿泊施設・飲食施設およびボウリング場等の運営・管

米ベインキャピタル、ティーガイアへのTOBが成立

米投資ファンドのベインキャピタルによる株式会社BCJ-82-1を通じた、株式会社ティーガイア(3738)への公開買付け(TOB)が2024年11月20日をもって終了した。応募株券等の総数(11,718,929株)が買付予定数の下限(7,076,300株)以上となったため成立している。また、ティーガイアは現在、東京証券取引所プライム市場に上場しているが、所定の手続を経て、上場廃止となる見込み。本公開

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース