業界再編を起因とするM&A
⽬次
- 1. 調剤薬局業界のM&Aは地域医療のため
- 2. ドクターと対等な関係を構築する時代へ
- 3. 中堅薬局はM&Aをするべきかどうか
- 3-1. 著者
業界再編とは、「業界全体を考える優良企業が集まって業界構造を変え、新しいビジネスに挑戦すること」である。「一国一城の主」である創業オーナー経営者は、自力での成長を考えることが多い。経営者が、自社の企業がどう成長すべきか、どう利益を出していくのか考えるのは当然だ。
しかしながら、再編を主導する経営者は独自の考えを持ち、個人や一企業の利益のためだけでなく、業界の行く末を見据え業界全体をより良くするという目的のために、M&Aを実行している。日本全体、あるいは、世界を見据えて「自社の属する業界がどうあるべきか」を考えている経営者こそが、業界を変え、生き残っていくのである。
過去に、ガソリンスタンド業界、タクシー業界、スーパーマーケット業界などで大きな再編が起きた。再編が起きたほとんどの業界では、業界順位が3~4番手以内の企業と、それ以外の企業の収益の差が年々大きくなっている。つまり、シェアを取ることがどの企業にとっても喫緊の課題となり、多くの企業が会社を買収したいと考える。それは翻って、買い手企業は、「業界に対する方向性や理念を共有したい」「同じビジョンを持っている」と思われる企業にならないと成功しないということである。
調剤薬局業界のM&Aは地域医療のため
業界再編の起きたガソリンスタンドは1994年に6万0421件をピークとして、2014年には3万3510件まで減少している。現在業界再編の起きている運送会社は6万2637社(2014年)、調剤薬局は5万7784件(2014年)であり、いずれも全国のコンビニの店舗数5万5774店舗(2014年)を超える数だ。国内において6万拠点というのは飽和を示す数字とされており、調剤薬局もいよいよ再編が本格化することが想定される。
また、1日あたりの処方枚数は、大手調剤薬局で約80枚だが、アメリカやイギリスでは約260枚と格段の差がある。アメリカやイギリスでは大手2社のシェアが40%以上であり、日本と人口や国土面積の近いイギリスの調剤薬局の店舗数は1万1千店舗程度だ(そのうち6割は1社で5店舗以上と言われる)。
また、日本政府の規制改革会議の公開討論では、参加者からその費用対効果に対する疑義が提起されるなど、薬局の存在価値が厳しく問われている。他国と比較しても、あるいは社会保障費削減という観点から見ても、日本の調剤薬局の再編は必至だ。
地域包括ケアシステムの整備が急がれ、薬剤師が果たすべき役割はこれまで以上に大きく、今回の改定でも「かかりつけ薬剤師」は一つのテーマとなっている。私はこの5年間、1店舗の薬局の個人経営者から大手調剤薬局の経営者まで多くの方々と対話を重ねてきた。中小の薬局経営者が、「地域医療をどうやって守っていくべきか」という悩みを抱え、特に6年制の薬剤師の採用、在宅医療などのテーマに対応するため、M&Aを選ばれるケースが増加している。
事実、日本M&Aセンターで仲介した調剤薬局のM&A件数も、年間で26件(2014年)から44件(2015年)へと一気に増えた。
ドクターと対等な関係を構築する時代へ
大手調剤グループは規模を拡大させることで経営面・人材面・機能面でのメリットを享受するために、次に示す図の通り出店の多くをM&Aに頼っている。
最近の大手調剤薬局の出店動向
ではなぜ、大手調剤薬局はM&Aをおこなうのだろうか。人材教育・採用・仕入れなどの経営面など機能でのメリットもあるが、「ドクターと対等な関係を構築できること」が本質的に重要な要素だと考えている。地域で影響力をもってドクターと対等で適切なビジネス関係を築くためには、一定以上の規模となることが必要だ。そうでなければ薬局は患者ではなく、ドクターを向いて仕事をするようになり、医療の担い手として本末転倒になる。単独での新規の出店ではドクターとの関係を得る事は難しいが、ドクターとの友好な関係を引き継ぐことができる「M&Aによる新規出店」の方が好まれるのだ。
中堅薬局はM&Aをするべきかどうか
静岡のメディオ薬局(当時52店舗、売上約60億)がアイングループに入ったように、年商で20億~50億規模の中堅薬局オーナーからの売却の相談が増えている。中堅のオーナー経営者は株式を手離し、大手グループ入りした上で、その資本を利用して会社を成長させることを選ぶ経営者も多い。一方、地域でドミナント展開するために譲受けを検討している経営者も増加している。譲渡することと、譲受けすることを両睨みで考えることが求められているのだ。
今回の改定により、処方箋受付回数が月40,000回以上の同一法人において、集中率95%以上または、特定の医療機関と不動産賃貸関係にある場合、調剤基本料は20点に引き下げとなった。つまり地域の中堅グループから年商100億クラスの大手へとステップアップするには、大きなハードルが設けられたことになり、各社の戦略が分かれるところだ。
譲渡して大手と一緒に拡大するのか、譲受けし自社グループとして拡大するのか、早めの決断が必要だろう。早めの決断こそが、中堅薬局の生き残る道だ。
Future vol.11
当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.11」に掲載されています。