調剤薬局M&Aの現場から
⽬次
- 1. 譲渡できる地域薬局は限定的に
- 2. 1店舗薬局の事情
- 3. <b>譲渡企業概要</b>
- 4. 候補先の選定/トップ面談
- 5. 1店舗薬局の場合の注意点-処方元ドクターとの関係-
- 6. 1店舗薬局の場合の注意点-情報開示-
- 7. M&A開示当日
- 8. 決断を迫られる中堅薬局
- 9. 総括
- 9-1. 著者
譲渡できる地域薬局は限定的に
調剤薬局業界の再編は、1~2店舗の零細薬局から地域のトップクラスの薬局へと波及している。数年前から、県で10位程度までの薬局が大手企業へ事業を譲渡する動きが活発になっている。下記の表にもあるように2013年には10店舗クラス、2014年には20~50店舗クラスの地域薬局が全国展開する大手調剤薬局グループへ相次いで譲渡した。
一方で、零細規模の薬局はどうだろうか。もちろん1店舗でも優良な薬局であれば譲渡が可能であるが、日本M&Aセンターの2015年度成約実績を見ても、1店舗かつ売上高1億円以下の実績はゼロ件となった。現在は1店舗当たりの売上規模(処方箋枚数)が一定程度確保できないと、譲渡することが難しくなっている。
1店舗薬局の事情
ここで、2014年に1店舗薬局の譲渡を実現した事例を見てみよう。関東で創業20年超の調剤薬局を1店舗経営するオーナー経営者である。売上高は年間約3億円以上の優良薬局だ。
譲渡企業概要
地域:関東 売上高:3億円以上 オーナー年齢:60代前半 店舗数:1店舗 利益:5千万円以上 譲渡理由:先行き不安、地域医療の発展
業界の「先行き不安」は売り手企業の経営者がM&Aを決意する主な理由のひとつだ。本件の経営者も同じように、変動激しく先行きの不透明な業界状況と毎年行われる報酬改定への対応に疲弊し、M&Aによる企業譲渡を考え始めていた。以前から調剤薬局業界の再編については当然知っていて、興味を持って調べていたとのことだった。
オーナーいわく、「今の経営状態は良好だが、いつどうなるかは分からない。今後は在宅やかかりつけ薬剤師など、小規模薬局の経営は厳しくなってくる。そんな不安を漠然と抱えたまま経営していくことは非常に辛く、暗い海をボートで進んでいるような感じで心許ない。ひとつの経営手段としてM&Aは知っておきたい」。 今日の経営者に共通する所感であろう。
候補先の選定/トップ面談
非常に優良な薬局ということもあり、相手先を募るとすぐに候補先が現れ、トップ面談となった。候補先は中堅規模の調剤薬局で、MR出身の経営者である。経営者自らがドクターとの友好な関係を築いていた。面談においては、両社の設立の経緯に始まり、ドクターや従業員、譲渡後のオーナーの働き方やお互いの趣味に至るまで、一度も会話が途切れることがなかった。
1店舗薬局の場合の注意点-処方元ドクターとの関係-
1店舗経営の場合、処方元医院のドクターとの関係が一番の懸念点となる。長年二人三脚で地域医療に貢献してきたドクターと薬剤師のオーナーの関係は密接であることが多く、ドクターの理解なしにはM&Aは進まない。引継ぎがうまくいかないと、地域医療にも影響が出てしまう。この悩みは薬局の譲渡の際には避けて通れない悩みで、どの経営者も同じように不安に苛まれる。
実際にM&Aを行う際には、細かいことも含めてすべてを明確にしておかなくてはならない。ドクターから敷地を借りている、駐車場を共有している、看板やバスでの宣伝などを一緒に行っている、など共同で経営を行っているケースも多い。こういった一つ一つの細かいやり取りについて、譲渡した後どうなるのかの明確な答えを用意し、M&A後ドクターを不安にさせないように準備しなければならない。
1店舗薬局の場合の注意点-情報開示-
薬局のM&Aの事実を知らされたときに怒ってしまうドクターもいまだにいる。こうした理解不足からの誤解を生んでしまわないよう、日本M&Aセンターでは、ドクターに話しておく内容や、開示の際にお渡しする手紙、相手企業との顔合わせの流れなど、事前にドクターとの関係や状況に応じて個別に準備をする。
また早い段階から、「そろそろ引退しなければならないこと」「大手と提携しなければ薬剤師の採用や仕入れの面で経営が難しくなること」など、自分自身や調剤薬局経営を取り巻く環境について、ドクターと意見を交わしておくことも重要だ。 これまでに200店舗以上の地域薬局の譲渡をお手伝いしてきたが、「オーナーが一定期間残って今まで通りの経営をしていくので安心してください」とドクターに伝えると、安心してもらえるケースが多い。
本件の場合も、実は譲渡後のドクターと薬局の関係に不和が生じないかが不安なために、オーナーが譲渡を決めあぐねていた時期があった、と後日判明した。オーナーは薬局が譲渡後も今まで通り存続することを何より望む。具体的な承継方法を示すことで両者ともに安心し、決断できるのだ。
近年の地域大手のM&A
M&A開示当日
本件の関係者への開示は、全て1日で終わらせる段取りとなった。開局前にドクターを訪問、経緯を説明し、すぐに譲受け企業の代表者を紹介した。ドクターの『良い相手が見つかって良かったね。これからも頼むよ』という一言で何ともあっさりとドクターへの開示は終了した。その後は従業員や不動産の家主、卸会社などへ順次開示をしていき、無事に全関係者への開示を終えることができた。
「あれだけ不安だった開示がこんなに何もなく終わるとは拍子抜けだった」とオーナーは振り返っていたが、この日のためにオーナーがあらゆる準備をしてきたからこそ万事うまく進んだのだということは、M&Aアドバイザーの目から見れば明らかだ。
決断を迫られる中堅薬局
上記の例では比較的売上高が大きい優良薬局であることから早くお相手が見つかったが、総じて1店舗薬局のM&A件数が減った理由は、1億円以下の売上高かつ1店舗薬局を買う薬局が少なくなったからに他ならない。大手グループは中堅規模の薬局の譲受けに奔走し、中堅薬局自体は大手グループへ譲渡する動向を追う動きに目を奪われている。その結果、中堅薬局の多くがM&Aに対する態度を保留し、譲受け側として積極的に小規模薬局を買収していく、という姿勢を見せるプレーヤーが少ないのは確かだ。しかし、将来大手傘下入りを目指すとしても、1億円以下の中小薬局を譲受けることでドミナント展開を行い、地域で一定のシェア拡大を図っておくことは一つの企業価値の向上手段といえる。
中堅薬局は、「いつ」大手グループに譲渡するか、「どのくらいの」中小薬局を譲受けてシェア拡大を図るか、そのどちらの戦略をとるのか、という決断を「今」迫られている。
2015年度の日本M&Aセンターの調剤薬局成約実績の一例
総括
最後に、調剤薬局のM&Aにおいて、M&A後にどのように存続していくのかをまとめた。
- 従業員の待遇は基本的には変わらず、そのまま継続雇用される
- 譲渡オーナーの約半数は、譲渡した企業でそのまま働いている
- 薬局名や薬局の看板を変えずに経営を続ける譲受け企業も多い
- M&Aにより薬剤師を安定して確保できるようになる
業界の中で自身の薬局がどのポジションにいるのかを把握し、M&Aに対する理解を深めることが、業界再編の波を乗り切るための第1歩となる。
Future vol.11
当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.11」に掲載されています。