事例にみるシナジー創出のポイント

大嘉田 千尋

著者

大嘉田千尋

日本M&Aセンター企業戦略部(2019年10月時点)

M&A全般
更新日:

⽬次

[非表示]

シナジーは「創出」するもの

シナジーの実現を考える上でまず認識しなければならないことは、シナジーは買収を行えば自然に湧いて出てくるものではない、ということだ。シナジーは、買収企業が「創出」しなければならない。M&A戦略の策定から、買収価格の決定、買収後の事業計画の策定に至る一連のプロセスは全て買収企業が主導する。買収後は強力なリーダーシップを発揮し、対象会社と二人三脚で事業計画を実現していかなければならない。買収後、対象会社に経営を任せきりにしていては、到底、シナジーの創出など見込めないのである。

「明確なM&A戦略」と「PMI」こそがM&A成功の秘訣

では、シナジー創出に必要な要素は何かと問われると、それは、「明確なM&A戦略の策定」と「PMI」にある。これらは、いずれも入念な計画性とその実行力が求められる。M&A戦略の策定に際し、少なくともプレディールの段階においては、「M&Aを通じて実現すべきこと」、「その目的を達成するためにふさわしい企業」、「その企業とのシナジーとその実現性」などは明確にしておきたい。そして、いざM&A実行のステージに入ると、「シナジーの実現性の検証」、「価格の設定」、「PMI」が重要になってくる。特にPMIにおいては、買収企業は強い実行力を示す必要がある。

日本電産によるM&Aへの取り組み

日本電産は世界No.1の総合モーターメーカーである。日本電産の驚くべき点は、その成長スピードである。日本電産は創業来、国内外64件のM&A実績を有するなど、経営戦略の遂行のためにM&Aを積極的に活用している企業として認知されている。2010年3月期から2019年3月期までの直近10年間では36件のM&A実績がある。その間の売上高は約3倍、そして時価総額も期末時点対比で約3倍の水準となっている。同期間のTOPIXが約60%の上昇幅であったことを考えると、日本電産の驚異的な成長スピードが分かる。また、これだけのM&A実施にも関わらず、ROEは10%を超える水準を維持している。(注記)2017年3月期より会計基準を米国会計基準からIFRSに変更

日本電産時価総額とTOPIX推移

図1「日本電産時価総額とTOPIX推移」

日本電産の売上高および時価総額、M&A実行数とROE推移

図2「日本電産の売上高および時価総額、M&A実行数とROE推移

日本電産は、M&Aについて『「回るもの、動くもの」に特化して買収を行うこと、また「時間を買う」』手段であると明確に位置付けている。また、M&Aの鉄則として、以下の3つのポイントを挙げている。

(1)適正価格での買収 (2)シナジーを生み出す案件の選定 (3)買収後のマネジメント力強化

日本電産のM&Aと言えば、買収した赤字会社を全て黒字化していることでも有名だが、M&A成功の背景には高値掴みをしないこと、つまり適正価格での買収が挙げられる。買収後のシナジーの実現性、実効性を上回る価格設定は行っていないのである。そして、M&A実施後は、経営陣が買収企業に深く関与し、売上高の増加とコスト削減を通じたシナジーの実現にコミットしている。日本電産は、M&Aの成功要因を「買収に向けた実行プロセスが10%、買収後のPMIが90%」になるよう実践すること、としている。これは買収後の計画とその実現性に対して相当の時間をかけ準備を行い、実行していることを物語っている。

シナジーの実現には能動的M&A

M&Aが活況を呈する昨今のM&A市場において、M&A戦略を明確にし、ターゲット企業を絞り込み、シナジーの実現性も明確に検討している企業は確実に増えている。一方で、案件が持ち込まれて初めてM&Aを検討する企業、M&A後に譲渡企業の経営に全く関与しない企業も依然として多い。シナジーは買収企業が主体となって創出するものである。シナジーは買収企業と対象会社の双方が作り上げていくものではあるが、買収後に主導すべきはやはり買収企業である。買収企業は綿密な計画性と強いリーダーシップを発揮してシナジーの最大化を目指してもらいたい。

広報誌「Future」 vol.16

Future vol.16

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.16」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

大嘉田 千尋

大嘉田おおかだ 千尋ちひろ

日本M&Aセンター企業戦略部(2019年10月時点)

大手証券会社で投資銀行部門に所属し、IPOや民営化案件、上場企業のエクイティ・ファイナンス全般に係るキャピタル・マーケッツ業務に従事。2018年より日本M&Aセンター企業戦略部にて、主に上場企業グループを担当し、戦略的M&Aや選択と集中によるグループ内再編の支援を行う。

この記事に関連するタグ

「広報誌・イノベーション・シナジー・上場企業」に関連するコラム

シナジー追求のための PMI取り組みの必要性

PMI
シナジー追求のための PMI取り組みの必要性

シナジーは自然体では得られないM&Aは「企業の成長」という目的を達成する手段だ。オーガニックグロース(自力成長)では成し得ないドラスティックな(レバレッジの利いた)成長を、両社(売り手企業と買い手企業)が実現していくのがM&Aと言える。そういった意味では、両社がM&A後のシナジー効果を得て初めて「M&Aの目的を成就した」と言えるものであって、書類上M&Aが成立したとしても、シナジー効果を実現或いは

シナジー効果とのれん

M&A実務
シナジー効果とのれん

はじめにM&Aによる企業買収を実施することで、既存事業と買収事業のシナジー(相乗)効果が生まれ、収益機会の増加やコストカットを通じた成長が実現可能となる。このシナジー効果と類似した概念で「のれん」という概念があり、のれんは買収先の顧客やブランド、人材といった超過収益力の価値と解釈されている。本稿では、シナジー効果とのれんの関係性を解説するとともに、のれんが会計に与える影響や近年のトピックについて記

20年、30年先を勝ち残るための「M&Aシナジー追求」

M&A全般
20年、30年先を勝ち残るための「M&Aシナジー追求」

「イノベーション」と「M&A」最近、上場企業各社の中期経営計画等IR情報を見ていると、「イノベーション」と「M&A」という2つのキーワードを頻繁に目にする。中には、「今後3年間のM&A資金として総額●●億円を設定」といった一歩踏み込んだ公表を行う例も多い。企業価値向上への取組方針や具体的な取組内容を積極的に内外に向けて発信する上場企業が増えているのは好ましいことだ。近年の金融庁からの経営方針に関す

TOKYO PRO Market上場企業経営者の会「BELLS」設立記念式典を開催

広報室だより
TOKYO PRO Market上場企業経営者の会「BELLS」設立記念式典を開催

東京証券取引所が運営する株式市場「TOKYOPROMarket(東京プロマーケット)」の活性化と上場企業のさらなる成長に貢献するため、日本M&Aセンターは、2022年11月7日にTOKYOPROMarket上場企業経営者の会「BELLS」を設立いたしました。同日、東京都内にて開催した記念式典には、38社57名の皆様にご出席いただき、参加された経営者同士、交流を深められていました。勢いを増す、TOK

インサイダー取引とは?該当するケースや防止策を解説

経営・ビジネス
インサイダー取引とは?該当するケースや防止策を解説

インサイダー取引とは?インサイダー取引とは、企業の内部情報を知る役員、従業員、取引先など関係者が、投資判断に重要な影響を与えうる未公表の事実を知り、公表前に株式を売買する不公正取引です。インサイダーは「組織の内部にいる人、事情に精通している人」などを意味します。このような取引が行われると、一般の投資家との間に不公平が生じるため、金融商品取引法で禁止されています。また、取引をした人だけでなく、他者に

株式分割とは?メリット、企業事例をわかりやすく解説

経営・ビジネス
株式分割とは?メリット、企業事例をわかりやすく解説

個人投資家が投資しやすい環境を整備することを目的に、上場企業に対して株式分割を促す動きが強まる中、株式分割への注目度が高まっています。本記事では、株式分割の概要や、企業、投資家それぞれの視点によるメリットやデメリット、手続きの流れ、実際に株式分割を行った企業事例をご紹介します。株式分割とは?株式分割は、企業が発行済みの株式をより多くの株式に分割することです。これにより、株式の数量が増え、一株当たり

「広報誌・イノベーション・シナジー・上場企業」に関連するM&Aニュース

アスカネット、Vライバー事務所運営のBETを子会社化へ

株式会社アスカネット(2438)は、株式会社BET(東京都品川区)の発行済全株式を取得し、子会社化することを決定した。取得価格は、アドバイザリー費用等も含め約437百万円。アスカネットは、オンデマンド印刷による個人向け写真集の作成・販売や、それに関連するソフトウェア開発を行うフォトブック事業を展開している。BETは、バーチャルライバー事務所「Razzプロダクション」の運営、およびライバー事務所向け

新日本建物とタスキ、共同株式移転による経営統合へ

株式会社新日本建物(8893)と株式会社タスキ(2987)は、共同株式移転により両社の完全親会社となる「株式会社タスキホールディングス」の設立を決定した。新日本建物とタスキを株式移転完全子会社、新規に設立する共同持株会社を株式移転完全親会社とする共同株式移転方式。新日本建物の普通株式1株に対して共同持株会社の普通株式1株を、タスキの普通株式1株に対して共同持株会社の普通株式2.24株を割当交付する

ヤマノホールディングス、灯学舎を子会社化へ

株式会社ヤマノホールディングス(7571)は、株式会社灯学舎(神奈川県川崎市)の株式取得による子会社化を決定した。ヤマノホールディングスは、和装品、洋装品、毛皮製品等の加工・販売、美容室/ネイルサロン/学習塾の運営等を行っている。灯学舎は、個別指導学習塾FC「スクールIE」運営を行っている。ヤマノホールディングスは、株式取得により、グループでの学習塾ビジネスにて株式会社マンツーマンアカデミー・東京

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース