クロスボーダーM&Aのリアル ~シンガポールから見た日本企業~
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日本M&Aセンターのシンガポール・オフィスには、4人の現地スタッフ、4人の日本人スタッフの合計8名が常駐している。現在のスタッフ体制が確立したのは、およそ1年前。その中核となる二人のコンサルタント、ジョアンナとイーチェンが、日本オフィスに現状を伝えるべく、2019年7月に来日。シンガポールにおけるM&Aの最新情報をレポートする。(文中:J=ジョアンナ、Y=イーチェン|2019年7月時点)
左:イーチェン、右:ジョアンナ
シンガポール企業の特徴は?
J シンガポールでは中小企業であっても企業監査が厳しく、実際の決算書さえ手に入れば、おおむねそれが正しい実態を表している。よって、決算書の信頼性は高い。そこが、特徴であり強みだと思う。 またシンガポールは国としての歴史が54年というまだ新しい国であり、オーナーの年齢自体がとても若い。日本やほかの国のように、100年企業などはほとんど存在しない。そういったモデルがない中で、最近は永続的な企業経営がどのようなものか想像がつかず、将来に対する不安を抱える中堅オーナー企業も多い。 シンガポールはアジアの中で突出して政治・社会・経済の安定性、透明性が高い国である。狭い国土にも関わらずASEANでインドネシア、タイに次ぐGDP規模を誇り、税務メリット、効率的で整備された社会インフラ、周辺国へのアクセスや情報収集の優位性もあり、アジア拠点としてシンガポールの魅力は高いと考えている。
日本M&Aセンターの社員として、シンガポールでの活動はどのようなものか?
Y 私たちが果たすべき役割は、シンガポールやアジア進出したい日本企業と、成長したい現地企業を結び付けること。シンガポールの企業を日本企業に引き継いでもらうことで、より日本との結びつきを強めたい。 私たちは日本M&Aセンターの社員として当社の企業理念、営業手法、事業承継問題など日本とシンガポールが抱える問題を、日本の同僚と同じように学び、同じように使命感を持ってシンガポールで営業活動をしている。後継者問題を抱えるオーナー、さらに成長を求めるオーナーへの提案営業に、日々工夫と努力を重ねている。オーナー経営者と直接会い、いかに悩みを引き出し、心を開いてもらえるかがポイント。このあたりは日本と同じだ。具体的には、決算書を入手できたかが、信用してもらえたかどうかの一つのバロメーターになっている。我々は日本と同様、シンガポールでも会計事務所のネットワークを構築している。その数は約40になり、当社や日本の買手企業に対する期待も高まってきていると感じている。
海外とのM&Aについて、まだ不安、懐疑的な印象を持っている日本企業もあるが。
J シンガポール人は元々海外企業との提携について非常にオープンな国民性だが、M&Aに対する不安については、シンガポールの企業側も同じ。当初、日本をはじめ外国企業を相手に資本提携すること自体に不安を抱く企業も当然ある。そういった企業も、後継者問題、成長への閉そく感という問題は必ず出てくる。そのような企業に対して、私たちはM&Aのメリット、日本企業と組むメリット、さらに日本企業と太いパイプがあるということをじっくり話す。こうした中で、たいてい理解してもらえる。それが我々の強みだ。同じように日本企業の間でも、日本の同僚を通じてこのような理解が広がると信じている。日本企業に対しては、「海外」をひとくくりに不安視するのではなく、国を個別に知った上で、目的やリスク許容度に応じて選択してほしいと思う。また、案件別に事業性や条件だけでなく、オーナーとの会話を重視して人間性や会社の方向性を理解し合うことで多くの不安を払拭できるものと考えている。
海外をひとくくりにせず、目的に合った国や企業を選択をしてほしいと語るジョアンナ
相手を探すかどうかの判断は国内企業の基準と違うのか?
Y マッチングに至るまでの判断基準は、国内とは少し違う。まずは、日本で使用していたものを海外企業向けにリメイクした「インタビューシート」に沿ってオーナーにヒアリングを行う。さらに、決算書が入手できているかどうかも大きな判断基準になる。 実際は、シンガポール・オフィスと日本オフィスで少なくとも2週間に1回、必ず海外支援室全員でテレビ会議によるミーティングを行い、全員でマッチングの可能性を探り、ある程度見込めると判断したうえで社内のイントラへ情報発信する。この段階では、日本の案件管理チームにより、国内と同様にチェックが行われる。その後初めて、日本各拠点のオフィスで企業情報を閲覧・マッチング可能となる。 私たちは日本のノウハウを海外にも持ち込み、当社の日本案件と同水準の品質に近づけるように改善向上を図っている。今後、日本国内同士のような、より具体的な情報提供ができるように、社内のチェック体制も強化中だ。 日本にいる公認会計士などの専門家チーム(コーポレートアドバイザー室)は、長年の経験から海外案件のノウハウを蓄積している。日本の同僚たちが日本企業に対して海外企業の提案活動をしている場合、その企業は日本M&Aセンタークオリティでマッチング可能性が高いと判断された企業なのだということを、知ってほしい。
日本M&Aセンターの海外案件対応の流れ
企業情報を獲得するのに苦労している点は?
Y 企業情報の獲得よりも、買い手がいるかどうかの判断が難しい。日本に買い手がいることを具体的に知っていれば、売手オーナーに対してより説得力のある話をする事ができ、少し難点があっても、日本企業との提携を、自信を持って進めることができる。例えばある分野では、買い手があらかじめ多数いるとわかっていれば、その分ハードルが下がるのでシンガポールから送れる情報も増えると思う。クロスボーダーM&Aに関しては、現地で直接企業に会える私たちが、日本企業の買収ニーズをいかにたくさん知っているかが重要。日本チームに、クロスボーダーM&Aのニーズをどんどん寄せてほしい。
日本企業からの買収ニーズ情報はとても有益、と語るイーチェン
日本と同じように、譲渡企業と専属専任契約を結ぶことは可能か?
J 現在、シンガポールで日本と同じように譲渡企業と当社で専属専任契約を締結することはできていない。現地の慣習から、専任契約に対する理解を求めることは難しいからだ。しかし、私たちが日本企業であることのインパクトは大きく、オーナーとのリレーションを保ち続けることで、実質的な専任期間をもらうことが可能だ。その期間を保つための努力としては、日本企業からのフィードバックを定期的にオーナーに伝えること。比較的若いオーナーが多いシンガポール企業では、日本企業の検討時間について長く感じてしまうことが多い。細かい報告でも回数があればフォローアップの一環になるため、日本企業には、積極的に進捗情報をフィードバックしてほしい。具体的には、経験則上半年間何もなければそれ以上専任期間を保つことができないのが大半なので、半年間が限度、という実感がある。
シンガポールでの日本企業の印象はどうか?
J シンガポールは小さな国で、そこで起業して拡大していこうとするとクロスボーダーM&Aを考える段階はすぐに来る。その相手先候補として、日本企業は非常にウェルカムだ。売主は買手企業に対し、信頼や誠意を期待する傾向がある。日本企業に対しては、信頼でき、まじめで、企業評価の金額も比較的高いという印象を持っている。親日なシンガポール人が非常に多く、両国の相性は良いと考えている。
今回は、私たちの活動への理解がかなり進んだ大変よい来日機会だった、と振り返るジョアンナとイーチェン。彼女らはまた、この機会に日本のM&A事情も学び、多くの共通点を理解して帰国した。クロスボーダーM&Aは、日本企業にとってなくてはならない戦略として存在感を増しつつある。彼女らは日本と海外の「企業とつなぐ」重要な使命を担っていると自覚し、日本と同様に案件の量と質を追求し、多くの日本企業に届けたいと語る。
Future vol.16
当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.16」に掲載されています。