ROEとM&A、会社法実務、コーポレートガバナンス・コード

森川 友尋

著者

森川友尋

三宅坂総合法律事務所弁護士

企業評価
更新日:

⽬次

[非表示]

ROEと会社法実務

今後、ROEを向上させることを目的の一つとして行われるM&A案件が増える可能性もあるが、これは、上場会社をはじめとする各企業が置かれている以下の状況にも関係する。

(1) ROEの数値目標、基準の公表

周知のとおり、政府による2014年6月の「日本再興戦略」改訂2014を皮切りに、(1)2014年8月の伊藤レポートにおいて、「最低限8%を上回るROEが必要」との具体的な数値目標が示され、(2)2015年2月には、機関投資家に対する議決権行使助言会社であるISS(Institutional Shareholder Services Inc.)が、過去5期平均のROEが5%を下回り、かつ改善傾向にない場合には経営トップ(会長、社長)である取締役の選任議案に反対推奨する旨のポリシーを適用するなど、主に上場企業を中心として、従前に比べてROE向上が強く求められている状況である。

2015年6月の東証一部上場企業における株主総会の議決権行使結果の分析によると*1、ROEが低い企業(過去5期平均と直近期がともに5%未満)における社内取締役の選任議案に対する賛成率は、2014年6月に比べて3%減少し、さらに外国人による株式の保有比率が30%以上の企業においては約10%減少したとの報告がなされている(図表1、2)。これは、ROEが低い上場企業については、経営に深く関与する社内取締役の選任につき株主の賛同・理解が得にくくなりつつあること、そして外国人株主が多い場合にはその傾向が顕著であることを示すものである。

図表1 会社全体における社内取締役の選任議案に対する賛成率 図表2 外国人比率30%以上の会社における社内取締役の選任議案に対する賛成率

図表1 会社全体における社内取締役の選任議案に対する賛成率 図表2 外国人比率30%以上の会社における社内取締役の選任議案に対する賛成率

(2) ROEとコーポレートガバナンス・コード

2015年6月1日より東証の上場規則としてコーポレートガバナンス・コードが施行され、その中では、「経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、具体的に何を実行するのかについて…説明を行うべきである」とされている(原則5-2)。このコードを踏まえ、上場企業の中には、コーポレートガバナンスに関する報告書において中期経営計画に関する記載を行い、ROEの目標数値を積極的に設定する企業も見られる。もちろん、コーポレートガバナンス・コードが制定される前からも自社のウェブサイトにおいて任意にROEの数値目標等を開示してきた企業の例はあったものの、コーポレートガバナンス・コードの施行を契機として開示例が増加しているように見受けられ、ROEの改善に取り組む企業の意識が強くなってきていることが読み取れる。


*1 小西池雄三「機関投資家による議決権行使結果の状況と臨時報告書からみた株主総会」旬刊商事法務2081号27頁

広報誌「Future」 vol.10

Future vol.10

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.10」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

森川 友尋

森川もりかわ 友尋ともひろ

三宅坂総合法律事務所弁護士

2004年東京大学法学部卒業、2006年弁護士登録。M&A・グループ内組織再編、企業間提携その他の企業間取引、会社法・金融商品取引法等による企業法務全般、企業間紛争解決に関する案件を多数取り扱っている。 【事務所概要】 上場企業、金融機関、その他各種企業、ファンド等のクライアントを中心に国内外の紛争解決、M&A等トランザクション、事業再生・倒産処理、コンプライアンス・リスク管理、国際法等の企業法務等全般を幅広く取り扱い、各分野において高度の専門性を有する各弁護士の知識とノウハウを活用してクライアントの利益に合致するリーガルサービスを提供している。急速に進展する日本とアジア経済の一体化、企業活動の国際的展開に対応するため、中国、台湾、韓国、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、シンガポールその他ASEAN諸国、インド等との企業の取引事業活動、M&A等の対応を多数実施している。

この記事に関連するタグ

「広報誌・企業評価・M&A法務」に関連するコラム

IT(情報ネットワーク関連)企業の資本提携をめぐる法務アプローチ

M&A法務
IT(情報ネットワーク関連)企業の資本提携をめぐる法務アプローチ

情報ネットワーク関連企業の特色IT関連の企業の買収において、対象企業を分析し買収に伴う法務リスクを事前検討するアプローチは、製造業とは相当異なることになる。一概にIT関連といっても業種は様々であるが、近年はインターネットを中心とする情報ネットワークが産業の重要な基盤となっているので、情報ネットワーク関連企業を念頭においてみたい。対象企業は、概ね下記の業務に大別される。ネットワーク・インフラの提供(

カーブアウトの法務

M&A法務
カーブアウトの法務

カーブアウトの法的スキーム企業グループの既存事業を見直し、選択と集中を行う場合、ノンコア事業部門を事業売却する手法は、カーブアウト(又はスピンアウト)と称され、数多くの活用事例がある。ノンコア事業が100%子会社の形態で存在する場合は株式譲渡の手法によるが、企業内の事業部門である場合、以下が主要な方法である。1.事業部門を事業譲渡する2.事業部門を会社分割の方法で分割したうえでその事業部門を承継し

M&Aの手法とPMIにおける人事労務対応の特色

PMI
M&Aの手法とPMIにおける人事労務対応の特色

M&Aにおける人事労務面の統合(PMI)は、吸収合併、株式譲渡、事業譲渡・会社分割により進め方・特色に違いがある。PMIとは|M&A用語集吸収合併の場合被買収会社の人事労務体系を買収会社の人事労務体系にいわば「片寄せ」できるかは、M&Aの実務上大きな課題である。事業譲渡(譲受)の場合と異なり、合併では被買収会社の労働者の地位はクロージングにより包括的に承継されるので、合併前に人事労務面の統合に関す

M&Aのフェアバリュー実現に必要な「取引事例法」とは

企業評価
M&Aのフェアバリュー実現に必要な「取引事例法」とは

売り手と買い手双方が納得できる適正価格未上場会社のM&Aは活況を呈しており、マーケットが形成されつつある。そんな中、一層のM&Aの普及に関しては、M&Aにおける取引価格決定の透明化・円滑化が大きな課題のひとつとなっている。一般的に“価格”と“価値”は異なると言われている。日本公認会計士協会が公表している企業価値評価ガイドラインによると、「価格とは、売り手と買い手の間で決定された値段である。それに対

ROEを高める、戦略的M&A実務とは?

企業評価
ROEを高める、戦略的M&A実務とは?

※本記事は2016年に執筆されました。なぜ今、ROEが大ブームになっている?過去にもあったブーム経営効率の向上に関する投資家と企業との関係が注目されるのは初めてのことではない。前回のブームは2005年頃のことで、ライブドア、村上ファンド事件、あるいはスティール・パートナーズによるサッポロホールディングスの株式大量取得等いわゆるアクティビストファンド、モノ言う株主の上場企業に対し敵対的ともとれる株主

ROE向上と企業戦略

企業評価
ROE向上と企業戦略

ROE向上は利益率向上で日本企業のROEは世界と比較すると相対的に低い。実際、伊藤レポートに記載されているみさき投資株式会社の分析によると、全産業の2012年暦年ベースで米国企業のROEが22.6%であるのに対して、日本企業は5.3%となっている。この低いROEを高めるためには、大きく2つの方向性がある。一つは分母である自己資本を圧縮すること、すなわち財務レバレッジを高めることである。もう一つは分

「広報誌・企業評価・M&A法務」に関連する学ぶコンテンツ

M&Aの事前準備。売り手が押さえておくべきポイント

M&Aの事前準備。売り手が押さえておくべきポイント

自社の売却を考える譲渡オーナーの多くにとってM&Aは未知の体験であり、不安はつきません。本記事では、相手探しを始める前に何を準備しておけばいいのか?どのような状態にしておけばいいのか?売り手が押さえておきたいM&Aの事前準備として資料収集・株式の集約についてご紹介します。日本M&Aセンターは1991年の創業以来、数多くのM&A・事業承継をご支援しています。詳しくはコンサルタントまでお問合せください

M&Aにおける会計とは?

M&Aにおける会計とは?

M&Aにおける会計とは?M&Aにおいて会計は、特に企業価値評価や財務分析の場面で非常に大きな役割を果たします。また、M&Aによる会計上のインパクトを理解することも大切です。貸借対照表(B/S)や損益計算書(P/L)に与えるインパクトを考慮した結果、当初検討していたM&Aのスキームを変更する可能性も十分にあります。そのため会計を理解できれば、M&Aをより深く、広く理解することができるようになると言え

M&Aの法務のポイントを弁護士がわかりやすく解説

M&Aの法務のポイントを弁護士がわかりやすく解説

M&Aにおける法務の必要性とは?M&Aの実行に当たってはビジネス・財務・法務、すべての観点が欠かせません。ビジネスの観点については、M&A戦略を描く買い手の経営陣が得意とするところです。そして財務的観点は、多くの中小企業において決算書等の数字を中心に確認されます。これらの2つに加え重要になるのが「法務的観点」です。そもそもM&A自体、会社法等の様々な法令を適用して行われる手続です。法令上求められる

基本合意書(LOI)の締結

基本合意書(LOI)の締結

M&Aで基本合意書は、主に交渉内容やスケジュールなどの認識を明確にし、スムーズに交渉を進めることを目的として締結されます。本記事では、基本合意書の概要や作成するにあたり注意すべき点などについてご紹介します。なお、本文では中小企業M&Aにおいて全体の8割程度を占める、100%株式譲渡スキームを想定した基本合意書の解説とさせていただきます。日本M&AセンターではM&Aに精通した弁護士・司法書士・公認会

M&Aの関係者

M&Aの関係者

M&Aの実行には売り手、買い手の当事者のほか、彼らを支援する支援機関など様々な関係者の存在が不可欠です。本記事ではM&Aにはどのような関係者がいるのか、その役割について紹介します。日本M&Aセンターは中小企業庁のM&A支援機関登録制度に登録しているM&A仲介会社です。経営・事業承継に関するご質問・ご相談を予約制で承ります。無料相談はこちらM&Aの関係者M&Aの実行に関係する当事者、支援機関など主な

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース