M&Aのフェアバリュー実現に必要な「取引事例法」とは

熊谷 秀幸

日本M&Aセンター 常務取締役品質本部長

企業評価
更新日:

⽬次

[非表示]

売り手と買い手双方が納得できる適正価格

未上場会社のM&Aは活況を呈しており、マーケットが形成されつつある。そんな中、一層のM&Aの普及に関しては、M&Aにおける取引価格決定の透明化・円滑化が大きな課題のひとつとなっている。 一般的に“価格”と“価値”は異なると言われている。日本公認会計士協会が公表している企業価値評価ガイドラインによると、

「価格とは、売り手と買い手の間で決定された値段である。それに対して価値は、評価対象会社から創出される経済的便益である。価格が当事者間で取引として成立しているのに対して、価値は、評価の目的や当事者のいずれの立場か、又は売買によって経営権を取得するか等の状況によって、いわゆる一物多価(多面的な価値)となる」

とされている。では“適正価格”とはどうやって算出されるべきなのか?

過去事例把握が困難な会社の価格

企業評価といったとき、その意味するところは“価値算定”というのが一般的だ。しかしながら、評価の目的、評価者の立場等により一物多価となる価値算定結果が、売り手・買い手にどの程度腹落ちするものなのかという点は疑問が残る。価値算定にはそれなりの理論や実務慣行があり、それに基づいた算定結果は異論を唱えにくいもの。しかしそれが、売り手・買い手双方にとって納得できる“適正価格”かどうかは、全く別の問題である。

不動産の場合は、類似物件や近隣物件の販売価格や取引実績を参照することが可能だ。対象物件と同じような立地・広さ・設備・住環境等の物件の販売価格や取引実績を参照して、対象物件の価格が割高かどうかを判断する。 会社の価格も、理論的には不動産と同様、類似企業の取引事例を参考にして、対象企業がどの程度の価格で取引されるべきなのかが判断できる。ただし、不動産と大きく異なるのは、類似の取引事例が把握しにくいという点である。大企業のM&Aは新聞などでも大々的に報じられるが、中堅・中小企業のM&Aについて調べるとなると個人の力ではほぼ不可能に近いのが現状だ。

データ蓄積により「取引事例法」が可能に

日本M&Aセンターには、年間300組(記事当時)の成約実績があり、これをデータベース化することによって、過去の取引事例を参照することが可能となる。そして、過去の実際に取引された成約金額と譲渡会社の財務数値から、利益の持続年数やEBITDAの倍率を算定する。これらのパラメータを企業評価に用いることで、より客観的な価格を提示できると考えている。 この企業評価の中立的なバリューの算出やデータ蓄積を行う専門機関が企業評価総合研究所である。売り手・買い手双方が納得し安心してM&Aを行うために「取引事例法」は欠かせないものとなっていくだろう。今後、中小企業のM&A実行時に適正な価格算出が行われるため尽力し、存在意義を発揮していきたい。

広報誌「Future」 vol.13

Future vol.13

当記事は日本M&Aセンター広報誌「Future vol.13」に掲載されています。

広報誌「Future」バックナンバー

著者

熊谷 秀幸

熊谷くまがい 秀幸ひでゆき

日本M&Aセンター 常務取締役品質本部長

大手監査法人で10年超に渡り、監査業務を中心にIPO、事業承継、M&Aに関するアドバイザリー業務等幅広い業務を経験してきた。 当社入社後は、主にコーポレートアドバイザー室において会計税務を中心とした専門領域の営業サポートを行っており、当社案件の中でもテクニカルな論点が多い案件に幅広く関わっている。

この記事に関連するタグ

「広報誌・成長戦略・企業評価」に関連するコラム

ROE向上と企業戦略

企業評価
ROE向上と企業戦略

ROE向上は利益率向上で日本企業のROEは世界と比較すると相対的に低い。実際、伊藤レポートに記載されているみさき投資株式会社の分析によると、全産業の2012年暦年ベースで米国企業のROEが22.6%であるのに対して、日本企業は5.3%となっている。この低いROEを高めるためには、大きく2つの方向性がある。一つは分母である自己資本を圧縮すること、すなわち財務レバレッジを高めることである。もう一つは分

新たな価値創造を実現するM&A ~パターン認識

M&A全般
新たな価値創造を実現するM&A ~パターン認識

M&Aにおいては、たとえばサントリーホールディングス株式会社による米ビーム社買収のケースのように、大型案件が華々しく目につきがちである。これらは、既存ビジネスの延長線上で一気にシェアを拡大する、あるいは商品の補完を成し遂げるといった目的の場合が多く、買収企業の意図が分かりやすい。一方で、華々しさは無いが、融合する2社のリソースを両社が根源的に見定めて、これまでにない新サービス、新製品を生み出すこと

M&A成功に必要な戦略と中期経営計画

M&A全般
M&A成功に必要な戦略と中期経営計画

企業において、『中期経営計画』は極めて重要なものだ。「この企業を取り巻く環境は、どうなっているのか?」、「その環境を踏まえて、この企業を5年後にどのようにしたいのか?」、「在るべき姿にする為のアクションプランはどのようなものか?」を明確にするのが『中期経営計画』である。また、『中期経営計画』は、自社の成長にとって不足する経営資源を確認する役割も持つ。オーガニックな『自助努力』によって計画した成長を

戦略的M&AにおけるPMIの優先順位

PMI
戦略的M&AにおけるPMIの優先順位

売り手と買い手がともに成長するPMIPMIとは「PostMergerIntegration(合併後の統合)」の略語である。そのためPMIは「買い手目線」で語られることが多いが、「統合」や「吸収」という視点だけでPMIを進めていくことはできない。「戦略的M&A」においては、売り手企業の良さを活かす、従業員のモチベーションを高める、といったことが両社の成長に必要不可欠な要素となるためだ。我々は、PMI

<FUTURE特別対談> 業界再編につながる、戦略に基づく能動的M&Aの取組み(プロアクティブサーチ活用)事例

M&A全般
<FUTURE特別対談> 業界再編につながる、戦略に基づく能動的M&Aの取組み(プロアクティブサーチ活用)事例

二輪自動車アフターパーツ業界の活性化と勝ち残りのために―戦略的なグループ化を決断した両経営トップ戦略に基づく能動的M&Aを支援する日本M&Aセンターのコンサルティングサービス「プロアクティブサーチ」を実際に活用し、2017年10月に双方にとってWin-WinのM&Aを実現された株式会社デイトナ(JASDAQ上場)と株式会社ダートフリークの両トップに、決断の背景や当時の協議・交渉の状況、M&Aの有効

戦略に基づく能動的M&Aアプローチ

M&A全般
戦略に基づく能動的M&Aアプローチ

~待ちの姿勢を脱し、自らチャンスを掴みに行く「攻めの企業買収」へ~企業買収を検討する企業にとって、譲渡企業との「出会い」は以下の類型に分類できる。(1)元々取引のあった企業で、事業内容や事業規模等をよく理解している企業とのM&A(2)M&A仲介会社やコンサルティング会社、金融機関などから案件を持ち込まれる「受け身」のM&A(3)自社の戦略・方針に基づく探索・調査を行い、相手企業に「能動的」に働きか

「広報誌・成長戦略・企業評価」に関連する学ぶコンテンツ

M&Aの事前準備。売り手が押さえておくべきポイント

M&Aの事前準備。売り手が押さえておくべきポイント

自社の売却を考える譲渡オーナーの多くにとってM&Aは未知の体験であり、不安はつきません。本記事では、相手探しを始める前に何を準備しておけばいいのか?どのような状態にしておけばいいのか?売り手が押さえておきたいM&Aの事前準備として資料収集・株式の集約についてご紹介します。この記事のポイントM&Aの事前準備として、売り手は企業価値評価や資料収集が必要で、特に決算書類や財務関連資料が重要である。M&A

M&Aにおける会計とは?

M&Aにおける会計とは?

M&Aにおける会計とは?M&Aにおいて会計は、特に企業価値評価や財務分析の場面で非常に大きな役割を果たします。また、M&Aによる会計上のインパクトを理解することも大切です。貸借対照表(B/S)や損益計算書(P/L)に与えるインパクトを考慮した結果、当初検討していたM&Aのスキームを変更する可能性も十分にあります。そのため会計を理解できれば、M&Aをより深く、広く理解することができるようになると言え

M&Aの企業価値評価(バリュエーション)とは?算定方法、ポイントを解説

M&Aの企業価値評価(バリュエーション)とは?算定方法、ポイントを解説

M&Aの企業価値評価(バリュエーション)とは?M&Aにおける「企業価値評価」とは、文字通り企業全体の価値を評価することを意味します。「企業全体の価値」とは、企業が保有する資産の価値だけでなく、企業が今後創出すると見込まれる収益力、及びその源泉となる無形資産をも含めた価値を指します。これらは以下のように言い換えることができます。企業価値=「事業価値(事業が生み出す経済的価値)」+「非事業用資産(余剰

「広報誌・成長戦略・企業評価」に関連するM&Aニュース

コラム内検索

人気コラム

注目のタグ

最新のM&Aニュース