[M&A事例]Vol.133 「良い仕事をしたい」――。2社譲り受け生き残りを図る創業75年の老舗樹脂素材製品メーカー
樹脂素材製品メーカーのカツロンは、1年半で2社を譲り受けました。元々成長戦略にはなかったM&Aをなぜ行ったのか、M&Aの目的と現在について伺いました。
譲渡企業情報
ケー・アイ・ピーはプラスチック製品の製造を手掛ける従業員数名の会社です。創業者のA 会長は社外から社長を招聘して一度は事業承継をしましたが、株式贈与と将来的な成長戦略の課題にぶつかります。納得できる答えが出ず悩んでいたところ、顧問税理士の勧めでM&Aを検討しはじめ、同じく製造業のハリガイ工業に譲渡しました。現在は経営から離れ新天地でセカンドライフを送るA 会長にお話を伺いました。(取材日:2023年4月21日)
――ケー・アイ・ピーはものづくりの会社ですが、最初は英語教室をやろうと起業されたそうですね。
譲渡企業 ケー・アイ・ピー A様: そうなんです。大学は工学部に進み卒業後は大手メーカーで研究職に就いたのですが、以前から語学関係の仕事がしたいとの思いがあって、語学学校に転職してマネジメントの仕事をしていました。 営業から事務、経理までなんでもやり忙しい毎日でしたが、とにかく面白かったです。
――それで1994年に個人で事業を始められたんですね。
A様: 29歳の時です。ただ、始めるのが簡単なものは、成功させるのが難しいですね。なかなか英語教室の運営だけではやっていけず、化学の知識を活かして小さな仕事を受注しながら会社の運営を続けていました。そんななかで、現在の主力事業になる大手医療メーカーのプラスチック製品加工の仕事が舞い込んできて、それが事業の転換点になりました。創業から10年になろうかというときだったと思います。それからはプラスチック製品の製造・加工をメイン事業にして現在に至ります。
――高い品質でクレームゼロとお聞きしました。
A様: 医療分野の仕事なので品質基準がしっかりしていて求められるレベルも高く、私たちの技術も鍛えられました。当時、従業員は未経験ばかりでしたので、私も現場に入って教えながら必死にそのレベルに合わせていきました。従業員もついてきてくれて、丁寧にしっかりと仕事をしてくれたので、お客様の信頼につながっていったのだと思います。 ただ、技術の難しさもあって人の定着には苦労しました。現在は20年以上勤めてくれている従業員もいますが、安心できたのはここ10年くらいです。 また、事業が急速に拡大したときは、その対応で資金繰りに苦労しました。生産量を増やすため3年ほどの間に2回工場を増築したのですが、支払いに回すお金がなくて自分の給料が払えないほどでした。利益が出ているのにキャッシュがないという時期は本当に苦しかったですね。
――2019年に社長を交代して、ご自身は会長になりました。事業承継についてはどんな考えをお持ちでしたか。
A様: 社長交代の10年ほど前から、いつまで社長を続けるかについて考えるようになりました。それまでは、会社の規模も小さいし、いつでもやめられるからそれまで頑張ればいいと思っていたんです。でも、事業が軌道に乗ってきて従業員たちの生活に対する責任も考えると、自分の都合だけで会社を畳むのは許されないと思うようになりました。また、工業は技術がどんどん進歩していきます。自分がこの先も社長を続けるより、ある程度まできたら若い世代に交代したほうがいいとも思いました。ただ、知識と技術がなければ務まりません。もともと親族承継という考え方には疑問をもっていて、じゃあどうしようかと考えていたときに、知人で工業系の会社で技術者をしていた加藤 義教さんが適任と考え相談しました。その後、2017年にまずは役員として入社してもらい、2019年に社長交代しました。
――会長に就任されてから、北海道に移住されましたね。
A様: もともと北海道の生まれで、事業承継後は自然豊かなところで暮らしたいと思い、道内に移住場所も決めていました。社長を交代した後は、いつまでも私が会社にいても加藤さんがやりづらいだろうと思い、思い切って生活の拠点を北海道に移して、経営は加藤さんに任せていました。
――今回、M&Aを決断された理由をお聞かせください。
A様: 一つ目は株式贈与の問題です。最初は、株式を加藤さんに贈与しようと思いました。ただ、それには加藤さんが贈与税を払う必要があります。できるだけその負担を減らそうと顧問税理士に相談して株価を下げようと検討しましたが、思ったほど下げられないうえに、完全に贈与するまでに何年もかかってしまいます。株を持っている限りは経営にも関わっていかなければなりません。それに、株式の贈与が完了しても次は加藤さんが私と同じ問題を抱えてしまうと思いました。
二つ目は会社の成長に対する課題です。当社はメイン事業が一つにかたよっていますが、多様化する社会のニーズに対応していくためにも事業を多角化していく必要性を感じていました。そのためには会社の規模を拡大して、役員の布陣も強化しなければいけません。 どうしたらいいだろうと悩んでいたところ、税理士に勧められたのがM&Aでした。税理士によれば、株式を個人ではなく会社に譲渡するという方法もあるというのです。
――提案を受けて、どう思われましたか。
A様: まさか当社のような小さな会社がM&Aできるなんて思ってもいませんでしたが、まずは話だけでも聞いてみようと思い、日本M&Aセンターを紹介してもらいました。結果的にハリガイ工業と出会い、正当な評価をしていただいたことで、すべてを任せようと腹をくくることができました。
加藤さんにはM&Aを勧められたときに相談しました。M&Aと贈与それぞれのメリット・デメリットを何回かに分けて説明したり、日本M&Aセンターの話を一緒に聞いてもらったりしました。
――ハリガイ工業の印象はいかがでしたか。
A様: ハリガイ工業は同じ製造業でしたし、広い敷地を持っているので生産力を補うなど、一緒に伸びていけるイメージがもてました。また、ハリガイ工業はゴム製品を製造する会社ですが、当社も以前からゴム製品を扱ってきましたので従業員にも知識があり、業務面でもスムーズに移行できるだろうと思いました。
――2022年12月に成約式を終えて4カ月ほどが経ちました。M&Aという決断をどう感じていらっしゃいますか。
A様: 私はすでに拠点を北海道に移していますし、会社の状況は詳しくわかりませんが、今は遊佐 孝彦社長がケー・アイ・ピーの社長も兼務されて、役員も複数いると聞いています。加藤さんは常務として引き続き会社を支えてくれています。ハリガイ工業の執行役員にも加わっているそうです。加藤さんも社長就任とともに私が移住してしまい、一人でプレッシャーを感じていたと思いますが、最近の電話やメールのやりとりから彼がいい状態にあることが伝わってきて、そこは良かったなと思っています。
――現在はどんな毎日を送っていますか。
A様: 経営は完全に任せて、忙しくも楽しく過ごしています。今までやってこなかったことをやりたいと思い、教育や福祉、農業などの分野でボランティア活動をしています。これまでは経営者として限られた範囲の中で過ごしてきましたが、新たなコミュニティーの中で世界が広がり、勉強にもなります。人脈を広げるために趣味のサークルにも3つ入りました。 最近は新たな趣味としてスピードスケートを始めました。自分で作った野菜の販売にもチャレンジしています。まだまだやりたいことがたくさんあります。
こうしたことができるのも、比較的早い段階から自分の引退後について考え始めたことで、気力・体力がある時期に事業承継することができたからです。資金面でも不安がなく、M&Aという判断には満足しています。
――最後に、譲渡を検討する経営者へメッセージをお願いします。
A様: 高い技術を持ちながら、後継者不在問題を抱える中小企業はたくさんあると思います。特に小規模の製造業の会社では、社長が担う役割、負担も大きいのではないでしょうか。技術を残すためにも、M&Aを検討する価値はあると思います。 また、事業承継を進める上で公平な立場からのアドバイスは重要です。顧問税理士や公的機関などに相談することもおすすめです。
樹脂素材製品メーカーのカツロンは、1年半で2社を譲り受けました。元々成長戦略にはなかったM&Aをなぜ行ったのか、M&Aの目的と現在について伺いました。
ダクトの部品製造を手掛ける森鉄工業のオーナーは70歳を超え、後継者不在や会社の課題解決のために他県の会社に譲渡を行いました。
総合印刷会社エムアイシーグループは、約半年の間に3社を譲受けました。M&Aの目的、成約後のPMIについて話を伺いました。
まずは無料で
ご相談ください。
「自分でもできる?」「従業員にどう言えば?」 そんな不安があるのは当たり前です。お気軽にご相談ください。
提携統括事業部 コンサルタント戦略営業部 シニアチーフ 天野 真之介 (株式会社ケー・アイ・ピー担当)
本件のオーナー様は、初回の面談時から一貫して「残される従業員・役員が今後も活躍できるようなパートナー探し」を大事にしていたことが印象的でした。異なる素材を扱う企業同士、異なるエリア同士それぞれが補完し合う関係性を実現したマッチングとなりました。
提携統括事業部 コンサルタント戦略営業企画部 チーフ 和田 梨沙 (株式会社ケー・アイ・ピー担当)
当初は社内での承継を目的とした「贈与」を検討していましたが、顧問税理士の提案でM&Aという選択に至りました。「M&Aは大きい企業がするもの」という考えを払拭し、承継課題に対する解決の選択肢を広げることができる提案だったからこそ、今回の最適な承継が実現したと感じています。