[M&A事例]Vol.146 10年後を目標に譲渡先を探し始めるも、わずか1年で同じ志をもつ企業と巡り合う
沖縄県で防水工事業を手がけるヤマト防水工業は、10年後の譲渡を見据え準備を始めたところ、想定より早くにお相手が見つかりました。その経緯やM&A後について伺いました。
譲渡企業情報
※情報はM&A実行当時
譲受け企業情報
※情報は2024年現在
2020年7月、管工事業を行う日栄工業(北海道苫小牧市)と矢野電器(北海道勇払郡むかわ町)は、経営コンサルティング会社の武ダホールディングス(現:武ダGEAD株式会社,北海道札幌市)にM&Aでグループインしました。同月、日栄工業で取締役総務部長として総務・経理を担ってきた社員の稲田 純様が日栄工業と矢野電器の新社長に就任し、M&A後は譲受け企業の手厚いサポートを受け初年度から業績を伸ばし、3年経った現在も成長を続けています。今回、稲田社長と譲受け企業の坂口 雅俊専務に、M&Aの経緯とその後3年の様子を振り返っていただきました。(取材日:2023年12月21日)
――はじめに会社の事業内容についてご紹介ください。
譲渡企業 日栄工業 稲田様: 日栄工業は苫小牧市で1977年に創業した管工事の会社です。住宅から公共・民間施設の設備全般をカバーし、億単位の大規模工事から数千円の修繕工事まで幅広く請け負っております。 関連会社の矢野電器は1970年の創業で、管工事業のほか家電販売事業も手掛けております。拠点のある苫小牧市近郊のむかわ町は高齢化が進む地域です。お客様の買い物の負担を少しでも軽減できればと、こうしたサービスも行っています。両社ともに「心地よさの追求」をテーマに、40年以上地域のライフラインを維持する事業に携わってきました。
日栄工業は先代の阿部 健二社長の父親が創業し、矢野電器は2007年に日栄工業の子会社となり運営しておりました。 私は1998年に日栄工業に新卒で入社しました。まだ創業者の代の頃で、「いずれ金庫番になるなら来てもいいよ」と言われ経理として入社して以来、財務面で2代にわたって社長を支えてきましたが、今回、M&Aをしたあとのタイミングで両社の社長に就任しました。
譲受け企業 武ダホールディングス 坂口様: 武ダホールディングスは札幌で経営コンサルティング会社として2014年に創業しました。M&Aでグループインした企業と共に成長することで、武ダグループとして企業と地域の発展に寄与する「社会基盤総合開発グループ」を目指しています。当社を含めてグループ全体で14社、社員数約430名で構成され、総合建設業、不動産業、保育業、IT業、製造販売業、ガソリンスタンド業など多岐にわたる領域の事業を展開しています。
――武ダホールディングスは多くの企業を譲り受けていらっしゃいますが、お相手の企業を選ぶ際に重視するポイントはありますか。
坂口様:大前提として共に成長できなければ意味がありませんから、具体的にシナジー効果が見込めるかという点は重視しています。また、共に成長するために行っているのが「支援型M&A」です。私たちは、譲り受けた企業の文化や経営スタイルを壊さず大切にしながら持続的な成長を実現することで成長と発展を目指しています。PMI(M&A後の統合プロセス)も経営陣や社員の皆さんとのコミュニケーションを大切にして、意見を積極的に取り入れながら進めています。
――今回、日栄工業と矢野電器のどんなところに魅力を感じましたか。
坂口様:グループ会社に武ダ技建創という総合建設会社があるのですが、そこは官民の元請け工事をメインにしていて、受注内容の中に設備工事が入っていることがあります。その場合外注先を探すのですが、どこも労働力不足で引き受け先を見つけるのに苦労していました。日栄工業と矢野電器が武ダグループの一員になれば設備工事を担ってもらえますので、非常に魅力を感じました。
――M&A後に日栄工業の社長に就任された稲田社長は、阿部前社長からいつ頃M&Aのお話しをされましたか。
稲田様:2020年6月1日です。
――明確に覚えていらっしゃるんですね。
稲田様:はい、印象深かったので。その日は珍しく外で打合せしようと言われて食事に誘われたんです。店の開店からずっと話をしていたのですが、そろそろお開きという頃になってM&Aを進めていることを告げられて、本当に驚きました。というのも、これまで譲受けを検討しているといった話は聞いていたので、まさか譲渡を進めているとは思いませんでした。前年は会社の立て直しに奮闘していて、相当に無理をしていたのも見ていましたので、もっと手助けできていればこうした決断に至らなかったんじゃないかという思いも少しありました。
――稲田社長の社長就任はM&A検討当初から決まっていたのですか。
稲田様:武ダホールディングスから新社長を派遣してもらう予定で進めていたようです。実はデューデリジェンス(買収監査)初日の夜に、阿部社長と食事をしたんです。そこで阿部社長が、「稲田が一番会社の内情に詳しいのだから、今後はお前がしっかりやっていくように」といった話をこんこんとするんです。聞いているうちに、だんだんと自分がやらなければという気持ちが強くなってきて。翌日、武ダホールディングスの武田社長にお会いした際に、自分から「私でよければぜひ社長をやらせていただきたい」とお伝えしました。
坂口様:私たちとしても、ずっと日栄工業で働いてこられた稲田さんが社長をされるのがベストな形だと思っていましたので、それが実現して武田社長もとても喜んでいました。
稲田様:阿部社長からは誰が引き継いでも大丈夫なようにと少しずつ経営について教えていただいていましたので、会社のことを一番理解している私がなるのが一番効率もいいですし、社員にとっても大きな変動がないほうがいいだろうと考えて決意しました。 何より、2代にわたって時間とエネルギーを割いて育てていただきましたので、恩返しではないですが、やはり私がバトンを受け取って続けていきたいとの気持ちでした。
――引継ぎはどう進められましたか。
稲田様:2020年7月29日に成約式を行いましたが、その翌日から阿部前社長は出社しておりません。その後は、必要に応じて一緒に取引先の挨拶回りや現場回りなどをお願いするなどして、1年ほどフォローいただきました。 特に私はずっと総務・経理をしてきましたので、現場のことはどうしても詳しくありません。ある程度は現場に任せていますが、情報を仕入れるためにも、今でも現場に足を運んで話を聞くようにしています。
――M&A後、PMIをどのように進めていかれましたか。
坂口様:まずは成約から2週間後あたりで日栄工業と矢野電器の社員の皆さんと個別に面談を実施しました。ほかのM&Aでもそうですが、面談は武ダホールディングスの役員が担当します。今の気持ちや希望をお聞きして、どうすれば未来志向で一緒に成長できるかを考えていきましょうということと今後のビジョンをお伝えしています。
お互いにどう思っているのか、何を考えているのかがわからない状態で進んでいってしまうと、軌道修正が難しくなり、取り返しのつかない状況にもなりかねません。あくまで支援型ですので、強制的に考えややり方を押しつけるようなことはしませんが、グループ全体で目標を達成していくためには、ある程度同じ方向を向いて進んでいく必要がありますので、日々のコミュニケーションを大切にしながら、当社の考え方をご理解いただけるように努めています。
――事業面でのプラスの効果はいかがですか。
稲田様:武ダグループで請け負う設備工事を受注することで、年間約2億円の売り上げ増につながっています。それまでは阿部前社長がトップセールスで仕事を取ってきてくれていましたので、阿部前社長がいなくなったあとの営業力に課題がありましたが、年間を通して安定した受注をいただけるようになり、それにともなって社員の給与も上がりました。
――武ダホールディングスとして「支援型M&A」でどんな取り組みをされましたか。
坂口様:譲り受けた会社には、当社の経営企画部から担当の社員がつきます。それぞれのグループ会社にコミットしながら目標に対する業績の追跡や確認をするほか、その時々で発生する問題を常に武ダホールディングスと情報共有しながら一緒に解決していきます。 ほかにも当社の人事評価制度を日栄工業でも取り入れるなど、常に様々な業務の改善に努めています。
あとは採用面の新しい取り組みとして、矢野電器に外国人技能実習生の受け入れを支援しました。こちらは武ダホールディングスでも初めての取り組みでしたが、グループ会社の林工務店が積極的に受け入れているので、その知見を得て当社も一緒に勉強させてもらいながら取り組みました。
――グループ間での交流はありますか。
稲田様:武ダホールディングスに伺って役員の方とお話させていただくことも頻繁にありますし、全グループの社長が集まる「社長会」に参加させていただくなど、たくさん情報を得る機会があります。
坂口様:社長会は、3ヵ月に一度、年4回開催しているもので、各社の社長が目標に対する現状の実績報告をしたり、トピックスを共有したりしています。今後の事業展開についてディスカッションする場でもありますので、重要な会です。
稲田様:先輩代表者さんの経験を直接お聞きでき、その後の懇親会でも気になったことを直接質問できるのでありがたいですね。
――最後に今後のビジョンをお聞かせください。
稲田様:日栄工業も矢野電器も創業から地域密着でやってきましたので、そこは今後も変わりません。技術力を高めながら、計画的に採用と育成に力を注いでしっかりと土台を固め、10年先も続く体制を作っていきたいと思っています。我々の存在が武ダグループの強みになるように引き続き頑張ります。
坂口様:武ダホールディングスとしては、2030年にグループ連結売上高300億円の達成を目指しております。その実現のために、今後もM&Aでグループを大きくしながら、各社がそれぞれ成長し、武ダグループに入って良かったと思っていただけるように、当社も共に成長してまいります。
沖縄県で防水工事業を手がけるヤマト防水工業は、10年後の譲渡を見据え準備を始めたところ、想定より早くにお相手が見つかりました。その経緯やM&A後について伺いました。
北海道全域で道路の舗装工事を行う道路建設は、当初掲げていた条件とは異なる企業を譲り受けます。M&Aから1年たった今、決断の背景と現在の状況を伺いました。
自前でPMIに取り組む難しさを痛感して日本PMIコンサルティングのPMI支援サービスを利用。ご自身の経験からPMIの難しさと効果について伺いました。
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北海道営業所 シニアチーフ 久米 徹
創業家の阿部親子が築いた日栄工業、矢野電器を一番身近にいらした稲田取締役が受け継ぎ、M&Aと同時に2社の代表取締役社長に就任したという極めて稀なケースです。M&A後、社長として武ダホールディングスと多くのシナジーを創出。譲渡企業から社長になりうる人材を出することはこれからのM&Aでも必要なことであり、その先駆者である案件を担当できたことは私の誇りでもあります。